偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

辻村深月『サクラ咲く』感想

各話独立していつつ少しずつリンクした中編3話を収録した青春小説集。


ここんとこハマってていくつか読んだ辻村深月先生ですが、最近読んだやつはみんなわりと人間の暗い部分を描いた作品(それでも優しいんだけど)でした。
それに対して本書はもうかなり優しさ寄り。もちろんその中にも思春期の悩みや葛藤が描かれてはいるんですけど、それが嫌な方向には向かわず、なんつーか良く在ろうとすればこその悩みだったりするのでかなり爽やかな読み心地の、いわば"白"辻村ですね。
個人的には陰気な人間なので黒辻村の方が好きではあるんですが、たまにはこういうの読んで精神を浄化してもらうのも良いなぁと思いました。

以下各話感想。



「約束の場所、約束の時間」

タイトルは新海誠みたいですが内容は著者の大好きなドラえもんを思わせる、100年先の未来からタイムスリップしてきた友達モノ。
主人公の朋彦が単純な陽キャっぽい少年で、タイムスリップしてきた転校生の悠は病弱で大人しいという、正反対のキャラ造形。最初は悠をちょっと下に見ている朋彦が、ひょんなことから彼と仲良くなって自分とは違う悠の美点に一目置くようになり......というところから話が始まります。
朋彦は悠の繊細な優しさを、悠は朋彦の積極的な強さをそれぞれ分けてもらいながら互いに成長していくというのはエモいし、タイムスリップの秘密と陸上部の大会を軸に展開するストーリーの起承転結も上手いです。
ただ、あまりに綺麗に作られすぎていてどこか既視感を感じてしまうのも事実。本書全体にそういう傾向はあるんですけど、この話は特にそんな気がしてしまいました。



「サクラ咲く」

自分の主張をしたくても上手く出来ない引っ込み思案な少女マチは、図書館で借りた本の中に「サクラチル」と書かれた紙が挟まっているのを見つける。
クラスの人気者ではっきりした性格のみなみや科学部の仲間である湊人らと仲良くなり、自己否定を抱きつつも楽しい学校生活を送るマチだったが、図書室の本からはその後も悩みを訴えるようなメモが見つかり......。

自分が借りようとした本に毎回誰かのメモが挟まっている......という導入が『耳をすませば』っぽくて、ジブリ耳すまが1番好きな私としてはそれだけで嬉しい。私も高校時代は友達いなくて部活と図書室の住人だったので、図書室が主な舞台として出てくるだけでもう胸熱であります。
一応、メモの主は誰なのか?という謎があるミステリー仕立てですが、そこはまぁそのまんまなのでたぶん全員分かるかと思います。ただ、その正体が明かされてからの優しい展開にグッときます。グッとくるけど、正直こんなに上手くいくか?というか、中学生ってそんなに善良か?という気もしてしまいました。
(ネタバレ→)不登校の子が久しぶりに教室に来て歌を歌って、それでいじめられないほど世界は優しくない。残酷だけど、自分が中学の頃を思い出すとそう思ってしまうんだよね......。



「世界で一番美しい宝石」

映画研究会の一平は、ある日図書室で美しい少女を見かけ、彼女に映画に出てもらいたいと思う。会の仲間の拓史、リュウとともに彼女をスカウトしに行く一平だったが、一年上の先輩である亜麻里というその少女は、頑なに出演を拒む。
それでも何度でも頼みに行く一平に、根負けした亜麻里は「昔読んだ世界で1番美しい宝石にまつわる絵本を見つけてくれたら映画に出る」と言い......。

前の2話は中学の話でしたがこちらは高校の映画研究会のお話。
私も高校時代は映画研究会で映画撮ってたし、本書みたいに部員3人ってことはなかったけど会から部に昇格するかどうかって時期だったので、めちゃくちゃのめり込んで読んでしまい、もちろん本書で1番好きな話でした。
1話目は陽キャ寄りの男子、2話目は大人しいけど女子だったのに対し、これはオタク男子だからモロに共感してしまう。
中学の時に『小さな恋のメロディ』が好きだと言って何も知らない奴らに「コイメロ」という渾名を付けられた憤りの逸話とかがもう、わかるわよ!って前のめりで共感しに行ってしまったよね。
あと嫌な奴が出てくるんだけど、そいつがほんっとうに嫌な奴で、ここまで純粋な悪の結晶みたいな高校生いるかよ!とは思ってしまいました。まぁおるんやろな。嫌だねぇ。
これも亜麻里が探す絵本とは何なのか?という謎が一応ミステリ要素にはなっていて、まぁ真相は例によってそんなとこだろうなと予想したものではあるわけですが、本作の場合は「なぁんだそんなことか」というのが抜け感になっててズッコケ三人組的な主人公たちに似合ってて微笑ましいです。

あと、1話目と2話目のリンクに比べてこの3話目の他の話との繋がりは若干捻ってあって、明かされた時に「おお!」と思いました。