偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

辻村深月『オーダーメイド殺人クラブ』感想


リア充グループに所属する中学2年のアンは、実は中二病患者だった。
親や教師や友達の"センスのなさ"に絶望し"特別な死"を願う彼女は、隣の席の陰キャ男子・徳川が河辺でネズミを殺しているような場面を目撃し、彼に「私を殺して」と頼む。
かくして2人の「事件」の計画が始まり......。

お兄ちゃんは七歳の頃、周りの人間は何でこんなにバカばっかりなんだろうって思ってたら、自分の方がばかだったんですな、うん
(筋肉少女帯『お散歩モコちゃん』)


先日読んだ『傲慢と善良』も婚活というピンポイントな題材でめちゃくちゃ心抉られましたが、本作も中二病というピンポイントなテーマで的確にぶっ刺されました。

主人公のアンはリア充グループ(の中で中心ではない)の女子であり、本作は全編彼女の一人称で進んでいきます。
2人の親友ポジションの女友達とつるみ、イケてる男子グループの一員が元カレだったりする彼女。まぁ私みたいなカースト下位の人間とは何一つ通じるところがなさそうな人なんですが、だからこそカースト上位の人間の暮らしや女子の事情といった馴染みのない文化を知ることができ、しかし肥大した自意識に苦しむ様はかつての自分を見ているようでもあり、共感出来る部分と世界観の違いに驚かされる部分が半々くらいで面白かったです。

一方、もう1人の主役の徳川くんの方はアンたちからは「昆虫系」と称される地味だけど仲間で群れるとはしゃぎ出すキモいグループの一員。
しかし、彼は絵が描けてネズミも殺せる(!?)アンから見れば「ホンモノ」な男子。男同士、また陰キャ同時だから通じ合う部分に微笑ましく思うこともありつつ、憧れを抱いてもしまう、アンとは正反対の意味で共感と意外性のあるキャラで、2人合わせたら私が中学生だった頃のことは概ね描かれているし知らなかった世界のことも描かれている最強の青春小説やな、と思います。

私もブログタイトルにも現れているくらいで自分はニセモノだと思っていて......。それは、創作とか出来たりガチで頭おかしかったりする「ホンモノ」でもなく、普通のことが普通に出来て普通の人間として周りに溶け込める「本物」でもない......という劣等感と優越感の合いの子みたいな偽物観なんですが、この主人公のアンもほぼ同じこと考えてるのでその辺はめちゃくちゃ共感しちゃいましたね。両親も揃ってるし愛情も注がれているし友達もいて学校に居場所がちゃんとあるんだけど、それでも自分の正しさを押し付けてくる母親に苛立ち、理不尽な教師は死んでほしいし、友達は本も読まない馬鹿ばっかり......なんて、まさに俺が中二の頃に考えてたことのまんまで、モデルにされてるのかと思ったわ。

一方、カーストに関しては全然立場違いすぎてなんだこいつと思うよね。
スクールカースト」とはよく言ったもので、あの教室という空間の力関係ってまさに身分制度でしかないんすよね。
身分が上の人に対して僻みや羨望やそれと裏返しの軽蔑を抱きつつも対等に話すことは(暗黙に)禁じられていて卑屈にならなきゃいけないし、上の人たちからしたら我々なんて「彼らみたいな地味なブス(かデブ)たちの間に恋愛というカルチャーがあったんだ〜!びっくりです〜」くらいにしか見られていないし、同じ人間扱いではないっすから。「"こんな人"と一緒にいるのを見られたら破滅」というのも失礼しちゃうわという感じだけど、上の人からしたらそうなんだろうね......。なんつーか、義理とメンツが大事なんだけど裏切りとか都落ちもしょっちゅうなあたり、中学校ってヤクザの世界と同じですよね。

まぁ本書ではとにかくそういう、中学2年生特有の、内的な中二病的自意識やカースト、外的なカースト制度などが恐ろしいほどの細部のリアリティを持って描かれているので、ことあるごとに悶絶するハメになるわけっすよ。
例えば徳川くんがサッカーの授業で参加してるフリをして無意味に走り回りながら早く終わらないかと時計を気にしてしまうのとか、なんでそんなことまで知ってるんだ辻村!?という感じだし。
また、主役の2人が軸ではあるけどサブキャラの存在感もリアルで。
アンたちのクラスの副担任の脳筋変態教師のあまりに理不尽な気持ち悪さと頭の悪さとかも「これ俺が殺したかった中2の担任じゃん!」と思ったし、1年生の時には人気があった先生がだんだん憎しみと嘲笑の対象になっていく過程とかも覚えがありすぎる......。美術部のイタいオタクの友達とかもこういうやついたわと思うし、友達ってほどじゃない部活の同級生とか、「バレー部は〜」みたいな部活ごとの特徴(という名の偏見)とかもあるあるすぎる〜。

そして、そんな中で、特別な死を願うアンと、人を殺したい徳川くんとがコンビを組んで「事件」を計画する......というのが、作中にこの言葉は出てこないけどタイトルの『オーダーメイド殺人クラブ』でして。
このへんの「特別な死」みたいな概念は、綾辻行人がよくインタビューとかで言う、「ミステリの被害者の死は、ガンや地震や過労による自殺とは異なる特権的な死である」という論を意識しているっぽい(辻村の「辻」は綾辻から取ってるし)ですよね。その上で少年犯罪もやり尽くされてて後世に残るような「事件」のパターンなんてない......と悩むところはミステリ作家が独創的な殺し方を発案しようとするのに似ていて、本作自体はミステリじゃないけど著者のベースにはミステリがある感じがして嬉しかったです。

本書ではクライマックスに至るまで、アンがそういう自意識や人間関係に悩み苦しみ(ながら無自覚に他人を蔑めてたりもするんだけど)、それに同化して読んでるこっちもしんどくなったりしながら、まぁこっちは大人なんで、「近くで見たら悲劇でも離れてみたら喜劇だなあ」みたいな笑いどころもあったりして笑いあり厭世ありで読めたんですが、最後しっかりいい話だったなぁと思わされて元気すら出てくるあたりはさすがっすね。エグいけど人が良い......というか、人が良いからこそ人間関係のエグい部分まで繊細に感じ取って描けちゃうのが辻村深月の魅力やなぁと改めて思いました。

なぁなんせ中二病というのはハシカのようなものでもありながら、完治することはない不治の病でもありまして......私も彼らを若いなと笑いながらまだ燃える自意識に悩んだりすることもあるのでチョー刺さりましたね......。中二病の人にはオススメです。