偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

鯨庭『千の夏と夢』感想


龍に鬼、ケンタウロスにグリフィンなど、和洋の様々な幻獣たちがモチーフとなる5編の短編集。

繊細で美しい絵柄で描かれるのは、やはり美しくも哀しく、しかし優しく愛おしい物語たち。
各話とも人間の業や愚かさを幻獣との関わりを通して描いていて心に残る作品となっていますが、それだけにそれぞれもうちょい長い分量でじっくり読みたかった気は少ししてしまいます。

生贄に捧げられる少女と龍神との交流を描く第1話「いとしくておいしい」は、生贄というワードから連想される性愛的なものとは一線を画した愛が描かれ、それは捧げられなければならない/捧げなければならないという性役割に馴染めないふたりが新しい関係性を築こうとする過程のようで愛おしく悲しい。
セリフがかなり少なく、絵で魅せる余白が良い。

次の「ばかな鬼」は一転してセリフが多く分かりやすく泣ける話。ばか=馬鹿というタイトル通り馬のような鹿のようなビジュアルの「鬼」の姿が印象的。与える愛、返す愛、繋いでいく愛を描く、切なくも暖かいお話でした。


生物兵器として作られたケンタウロスが主役の「君はそれでも優しかった」はよりシリアスな雰囲気が増して引き込まれました。「優しさ」とは何かを問う物語でありつつ、造られた命としての鬱屈も描かれつつ、それを振り払うような疾走感のある結末が素晴らしい。
姉妹編の「僕のジル」は、何も言えないけど泣くしかないよ......。グリフィンとピポグリフの関係は勉強になった。

そして最後の表題作「千の夏と夢」は、再び和モノ。洋風で近未来的な前2話とは絵柄も変わっててすごい。夏、夢、死という浮遊感のあるモチーフを散りばめて描かれる静かで悲しい物語......だったところからとあるページで一気に話が展開するところがめちゃ怖い。
そして不思議で素敵な夢から醒めた後の寂しさと暖かさのある結末が短編集の最後の話としてもめっちゃ良いっす。