偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

一穂ミチ『スモールワールズ』感想

BL作家として有名らしい著者の初の一般小説らしいです。
とりあえず先に一言だけ言っとくと最高だったぜ!!!今年読んだ本の中で暫定ベストです。

夫婦や親子、きょうだいなど、広い意味での「家族」をテーマにした短編集。各話の内容に繋がりはないものの、前後の話が少しずつリンクしていて、それによって表題の「スモールワールズ」が表されています。
街の灯を見てそこに幾多の人々の生活があることを想うような、愛おしい作品集。......といっても優しいだけの話ばかりじゃなく、むしろ悲しかったり苦しかったり怖いような話ばかりなんですが、そういうのも含めて懸命に生きる人々の姿が印象的。

また、各話の内容のバリエーションもめちゃ豊かで、似た話が無いのもすごい。
だから、どの話が特に好きとかもあんまりなくて、全話が粒立っているような感じ。短編集バリエーション贅沢マンなので、こんだけ色んな話が(しかも全話が傑作!)読めるだけでもう最高なんすよ!!!

そして全体に共通するのが細かい感情の動きの解像度の高さ。主人公たちと同じような経験はしたことがなくても、描かれる感情自体はどこか身に覚えのあるものも多くて、それをこんだけ生々しく描かれると凄すぎて1話読むごとにちょっと疲れて休憩しながら読んでしまいました。
バリエーションの多さも相まって、次の話への気持ちの切り替えにも気合が必要なくらい、密度が高い1冊となっております。

そんな感じで以下各話感想です。



ネオンテトラ

不妊と夫が不倫しているらしいことに悩むアラサーの主人公が、ある日ベランダから向かいの家で少年が父親にブチギレられているのを見てショックを受け、その少年に声をかけるが......。

一編目からしてフルスロットルな色々エグいお話。
「こういう話だろうな」と想像するものを逐一裏切ってくるような先の見えない展開に翻弄され、一言で言い表せない複雑にして強烈な余韻の残る結末もヤバい。こういう、(ネタバレ→)主人公視点の物語の裏で、別の物語が進行していたみたいなの大好きなので良かったです。



「魔王の帰還

体も声も態度もデカすぎる姉の真央(通称:魔王)が嫁に行ったかと思ったら出戻ってきた。どうせ姉のDVのせいだろう......と考える主人公だったが、姉の部屋であるものを見つけ......。

エグめの前話から一転して、(重いところもあるけど)軽妙なコメディ調の一編。
とにかく姉貴の真央こと"魔王"のキャラが濃すぎて、序盤では一言喋るたびに笑ってしまいます。「わしにこの町を案内せい」とか、タイムスリップしてきた織田信長のセリフくらいでしか聞いたことねえよ。
しかしそんな強烈な存在を主役に据えつつ、その弟である主人公の恋模様とか、かつてのけっこうヘビーな葛藤だとか、魔王の豪快さの裏にある繊細な優しさとかがだんだん見えてきて、やっぱり笑えるだけじゃない複雑な味わいになっていくのが上手い。
それでも、こんなに切ない話なのに結末からは爽やかさすら感じるし、元気をもらえる気さえする。
本書全体でもキャラクター味が強くてやや浮いてる感もありますが、めちゃくちゃ面白いしキュンキュンしました。青春、いいなー。



「ピクニック」

娘が生まれ、産後うつからも脱却した主人公は、近くに住む母親に娘を預けて単身赴任中の夫に会いに行くが......。

一人称でオーソドックスな語り口の二編が続いた後で、神の視点から物語を話して聞かせるような不思議な視点からの語り口も新鮮な三話目。
赤ちゃんが産まれる話なのになんか序盤から常に不穏な雰囲気が漂う薄気味の悪さが最高......。
そして、やはりと言うべきかどんどん嫌な方向に転がっていく、予測不能というよりは予測したくないから出来ない感じの展開にも驚かされます。
そして、本作は日本推理作家協会賞の短編部門にもノミネートされていて、その通りミステリー感も強い一編でもあります。驚かされつつ強烈なインパクトを残す真相や結末は一読忘れがたく、好きと言うには嫌な話すぎるけどインパクトの強さでは本書でも随一でした。



「花うた」

兄を殺された女性と、その犯人で刑務所で特別プログラムを受ける男との文通を描いたお話。

そして今度は書簡体と、これも語り口に工夫のある作品。
犯罪の被害者遺族と加害者が手紙のやり取りをするという設定自体が面白く、その中でただ「人殺し」とレッテルを貼って恨めば楽なところを、殺した彼も1人の人間だということを知っていく過程がスリリングかつ人間臭くて素敵です。
罪を犯してしまう人にもやはりそれなりの事情があることも多く、だからといって犯罪を擁護するわけじゃないけど、そういう事情とかも考慮して更生できるようにすることの大切さも感じました。こういうことは自分が被害者じゃないからこそ思えることではあるので、せめて今はそう思っておきたい。
そして、手紙の日付の時系列の並べ方によってちょっと捻った構成になっているのが最後に効いてきて、そこからのアレで終わるのはズルいよね。泣いちゃう......。



「愛を適量」

やる気がなく生徒からも馬鹿にされている中年の高校教師。ある日見知らぬ男が家を訪ねてくるが、彼は別れた妻に引き取られた娘で......。

鬱屈しつつもそれすら面倒だというような落ちぶれた主人公の姿が痛々しく、それだけに娘(息子)と再会して生活に張り合いが出てきてる辺りの2人のやりとりがなんとも微笑ましいです。
意味深なタイトルの意味が見えてくるあたりはかなりしんどいですが、私も適量の愛が苦手なタイプなので身につまされる部分も大きくて印象的でした。
ドラマチックすぎないドラマチックな終わり方も好き。



式日

夜間高校に通っていた頃に出会った「後輩」からの1年ぶりの連絡は、「父親が死んで明日葬式なんだけど、先輩来てくれない?」というもので......。

最終話は葬儀を描いていることもありモノトーンの雰囲気を感じる一編。
久しぶりに再会した先輩後輩の2人の間の、一見気安いやり取りをしつつどこか緊張感のある関係性が良い。
その謎の緊張感の所以が徐々に明かされていく構成はちょっとミステリーっぽくもあり、ほぼ2人の会話劇ながら先の読めないスリルもあってかなり好き。
これもなんとも白黒割り切れないなんとも言えない余韻の残るお話で、この話のおかげで本書全体に掴みどころのない読後感が残って読み終わってもしばらく後を引いてます。