偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

PERFECT DAYS(2023)


トイレ清掃員の平山の淡々とした繰り返しのようでいて毎日が新しい日々を描く、ヴィム・ヴェンダース監督による日本を舞台にした新作。

いや〜なんかもう、とんでもなく良かったんだけど、一方であまりにも美化しすぎではあり普通に労働してる身としては「いやいやそんなに甘くねえよ」という気持ちにもなってしまうけど、まぁとはいえ映画としてはとんでもなく好きですね。

朝、ご近所さんが掃除をする箒の音で目覚め、植物に水をやり、自販機で缶コーヒーを買い、車でカセットテープに入った昔のロックを聴きながら出勤する。渋谷区の公園などのトイレ清掃の仕事を丁寧にこなし、帰宅したら温泉に行ってから地下街の飲み屋で夕食を摂る。
......スマホも持たずSNSもやらず結婚もせずもちろん子供もいない、物質的にも人間関係も口数もミニマルな主人公の平山さんの生活にもうめちゃくちゃ憧れてしまいます。
なんせ演じる役所広司が良い。役所広司といえば刑事のくせにだんだん犯罪者に共振して狂っていくヤバい人というイメージしかなかったんですが(黒沢清の見過ぎだ)、本作では空の色や木々の揺れる様をにこにこしながら見つめるような穏やかな役をやってもちゃんと平山さんご本人に見えるのが凄い。
変わり映えのしない日々の中の小さな変化も彼の最小限の暮らしの中では大きなものに見えて、そういう暮らしがしてみたいと思わざるを得ないのは私ももういい歳だからか?たぶん学生時代だったら「やってらんねーよ」つってトイレを爆破して汚い使い方したやつらをぶっ殺していくような展開がないと物足りなかっただろうと思う。

しかし本作、ミニマルなんだけど退屈ではなくて、それは平山さんの淡々とした暮らしにある種の憧れを抱いたような若者たちが彼の周りに現れるから。
仕事の後輩の柄本時生とそのガールフレンドとの会話や、家出して転がり込んできた姪っ子との暮らしなどが淡々とした日常に大きな動きを齎していて、エンタメ的な見やすさもあります。
特に姪っ子ちゃんが現れて去っていくことで、その後これまでと同じ日々を続けていてもどこか寂寥感が滲み出てくるあたりがめちゃくちゃ良かった......。
私もだけど、たぶん今の若者ってもう頑張って働こうが給料も増えねえし生まれた頃からモノが溢れすぎていてもう何を手に入れても全部、てか人生自体にも全部最初っから飽きてるようなところがあったり、SNSで人と繋がりたかったりそれでいて全部切っちゃいたくなったりとかしてるから、平山さんみたいなシンプルライフにどうしようもなく惹かれてしまうんですよね......。

しかし平山さん毎日に満足して幸せなようでいても、一方では結婚もせず子供もいなくて1人で死んでいく(役所広司ももうすぐ70歳ですからね)ことに対する漫然としつつ強烈な不安を感じているようで終盤それが色濃く滲み出てくるとあるシーン(三浦友和が良すぎる)なんかもあったりするのが良い。

あと、平山さんの妹さんは彼とは正反対に結婚して子供もいて運転手付きのめちゃ裕福な暮らしをしているんだけど、そうやって経済を回して子供も作ってという生産性の高い人がいなきゃ世の中回らないのも事実で、私は生産性って言葉が大嫌いなんだけどそういう態度は自分のこと以外何も責任を持たずにふらふら遊んで暮らしてる子供っぽい生き方なんじゃないか......?と平山さん的人生(に憧れる自分)への懐疑までも、妹と相対するシーンで考えさせられたりしました。

ただ、こっからちょっと文句なんだけど、平山さんが掃除するトイレが綺麗すぎるんですよね。セリフでは「ゲロとかあったりするじゃないっすか」みたいなの出てくるけど実際に映るのはもう掃除した後なんじゃないかってくらい綺麗なトイレで、こんなに綺麗なトイレを掃除して夕方には帰れるならそりゃ幸せだよ!と思ってしまう。
あと、仕事で欠員が出て業務量が増えるところで平山さんがちょっとキレるところで若干引いてしまった。いつもあんな穏やかなのにそこはちゃんとキレるんかい!と思う。いっそトイレを爆......
まぁそれはさておき、本作は渋谷区のトイレをアート作品に生まれ変わらせる企画(?)みたいなやつの一環として制作されているらしく、出てくるトイレもなんかおしゃれですげーんだけどなんだか渋谷のトイレのCMのようにも見えてしまい、「ミニマルな暮らし」というテーマとCMであることの乖離も感じてしまう。
とはいえ、トイレが綺麗になってしまうことで住む場所を追われてしまう踊れるホームレス(田中泯)の姿とかも描かれていて「トイレが綺麗でみんなハッピー」ってだけではないのは良かったんだけど。
なんか全体になまじドキュメンタリーちっくな細部のリアリティを写しているからこそむしろそういうところでファンタジーであることを痛感させられてしまうのがやや残念でした。

と言いつつ、どうしてもこういう静かで綺麗な映画ってのが好きというか、自分はうるさくて汚い人間なので途轍もない憧憬を抱いてしまい2023年に観た映画でも2番目くらいにハマってしまいました......(1位はアフターサンだし、あれもまぁ静かで淡々としたこんなような映画ではある)。
て感じで、好きだけど実はかなり物申したいところもあるけどでも好きなのはもうどうしようもない......という複雑な気持ち。
しかし監督の『ベルリン・天使の詩』でも天使が主人公だったし平山さんもある種の天使的な世俗の汚れを上から眺めているような存在と捉えると納得がいくのかもしれない。とりあえずベルリン天使見直したくなったし東京画とかパリテキとかも観たい(ヴィムヴェンダースほとんど観てねえ......)