偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

窓ぎわのトットちゃん(2023)


太平洋戦争直前の日本。
落ち着きがなく悪気なく授業を妨害してしまうために学校を追放された黒柳徹子ことトットちゃん。新しく入学することになったトモエ学園は生徒の自主性を重んじる、トットちゃんに合った学校だった。彼女はそこで小児マヒを抱える少年・やすあきちゃんと仲良くなるが、やがて身の回りでも戦時色が濃くなりはじめ......。


あまりに評判良かったので観に行ってみましたがめっちゃよかった。
原作は、子供の頃に親に勧められたので読まなかったのですが、電車の教室は安曇野ちひろ美術館に行った時に見たので、「あ、あの時の!」と感慨深かった。原作もいずれ読みたい。

その原作はエッセイみたいな本らしいので、映画としてそんなに起伏があるわけではない......はずなのに、わりと序盤のうちからもう何度も何度も泣かされました。ほんとはこの後『首』も観たかったんだけど泣きすぎてちょっと無理だったのでやめたわ。北野監督ごめん。

それはさておき、本作は太平洋戦争を扱った反戦映画でもありつつ、1人の少女とその周りの人々との繋がりを描いたミニマムな人間ドラマでもある作品でした。

ある種ズルいところなんだけど私たちは黒柳徹子という人物を知っているので、いわば映画が始まった瞬間から主人公に思い入れを持った状態で観れるんですよね(冒頭に本人のナレーションがあるから余計に)。
だからママがトットちゃんの社会に馴染むには難しそうなところを心配しているのも、でも絶対に否定せず彼女の個性を大事にしてるのも伝わってきて、そのことだけでなんかもう泣けてくるがや。
そう、本作では(泣かせに来る場面もあるけど)普通の日常のシーンでいちいちなんか涙が出てきちゃうのが凄いんです。両親のトットちゃんへの愛情や、よその子の家でのそれや、小林先生の子供達への愛情、子供たち同士の友情など......。そうした暖かい人の繋がりの中でトットちゃんたちが生きているので、その日々の全てが愛おしくなってしまうんです。
そして本作では想像力というものが音楽やアニメーションを通して嫌な現実の見方を変える方法として描かれているのも音楽とか映画とか小説とかが好きな身としてはとても良かった。『ちびまる子わたしの好きなうた』や『となりのトトロ』の夜に植物がめっちゃ育つシーンなんかを彷彿とさせるイメージ映像的なシークエンスが作中でいくつかあって、そこの躍動感と煌めきだけでも映画館で観てよかったと思う。
そして実在したトモエ学園という学校と校長の小林先生が素敵すぎる。現代の目から見てもなお「変わった学校だな」と思ってしまう学園が戦争の近づく当時の社会において異端だったことが作中でも他所の子供にいじめられるシーンで描かれますが、生徒らがいじめに対してああいう風に抵抗するのが校風を体現しているようで大好きなシーンです。私もこんな学校で育ってたら......と思う一方、子供の頃からマニュアル人間だったので私だったら自由にのびのびというのは難しかったかもしれんと思うが、ともあれ良い学校である。私にもあんな先生がいてくれたら、こんな風にはならなかったかもしれない。海のものと山のものとかも凄く良いんだよなぁ。

ほんで、前半でそんな日なたの窓のような日々を描いているからこそ、徐々に戦争の足音が近づいてきて、素晴らしい日々から少しずつ色彩が奪われていくような後半は苦しかった。と同時に、それでも想像力というあまりにも小さくて且つ果てしない武器を使って抗うトットちゃんとやすあきちゃんの姿にまた泣くし、自分を貫くパパのカッコよさにも泣くし、なんだかんだ後半も泣いてばっかいたわ。あと言いづらいけどママがやけにエロいんですけど、その意図が分かるとある描写には震えました。

敗戦から80年近くが経ち戦争体験者もどんどん少なくなっている一方で新たな戦前とも言われ、現実に遠い国では戦争が起きてしまっている現代に、戦場で戦う兵士ではなく銃後の暮らしを描いた本作は、その小ささ狭さゆえに我が事のような距離感で戦争の怖さを体験できる傑作でした。


原作未読なので分かんないけど、自叙伝ということで明確な起承転結はないであろう原作を、「トモエ学園」の存在とやすあきちゃんとの友情を軸にすることで一つのストーリーにまとめあげた脚本が素晴らしく、原作も読んでみたくなりました。
子供の頃に親に勧められたくらいだから実家にあるはずだし、正月に帰省(車で5分)した時にもらってこよう。

以下良かったシーン。







































































下水の蓋あけて糞尿を撒き散らすトットに小林先生が「終わったら片付けとけよー」とぶっきらぼうにいうだけで別に怒ったり動じたりしないところが良かった。

やすあきちゃんを木に登らせようとして脚立を探しにいくんだけどその最中にもなんか他のものに目がいってやすあきちゃんを待たせたまま別のことで遊んだりしてるところが自分の子供の頃に似てて良かった。

警官を覗きからくりで出し抜いたり、いじめっ子に歌で抵抗したりと、何かと戦う時には必ず芸術の力を借りるところが素晴らしかった。

ある日駅員さんが女性になってるみたいな、さりげないけど分かりやすい描写がいい。

あれだけエッ......魅力的だったママなのに戦争が始まってしばらくしたところでやつれて老け込んだ顔が一瞬だけはっきり映されるところが良くって、このためにあんなにエッ......魅力的だったのか、と納得した。

てか、言いづらいけどやすあきちゃんがなんかエロかった......。

やすあきちゃんのセリフが電車で掻き消されるところは強烈に印象的でしたがあまりにも死亡フラグ過ぎてフライングして泣いてしまった......。

空襲で焼けた学園を見て小林先生が「次はどんな学校をつくろうか」って言うところが、なんかホラーのシリーズものの「なんとかビギニング」的な雰囲気があって良かった。