偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

小山田浩子『小島』感想


全然知らなかった作家さんですが、本屋でシンプルでオシャレな表紙に惹かれて目次を見たら各短編のタイトルもシンプルでめちゃくちゃタイプだったし、他の著書も『庭』『穴』『工場』とかいうシンプルさだったので気になって仕方がなくなり衝動買いしました。



本をパラパラめくってびっくりしたんですが、(改行が極端に少ないため)文字がびっしり詰まっているんですね。
しかしこのびっしり具合も各短編や表題と同様にシンプルなデザイン性に寄与している気がして、内容を読む前から本そのものが一つのインテリア雑貨か何かのようなオシャレさがあって好きです。

内容はというと、全体にはっきりした起承転結はなく、普通の日常の中で本当は感じているけど普段は意識していないような気持ちを描出したような短編が多く、精密な日記を読んでいるような感覚で読める短編集です。
ユーモア、不安や不穏さ、悲しさ、愛おしさなどが低めの平熱みたいな淡々とした語りで並置されていて、特にどうってことないのになんかちょっと心がざわつくような不思議な読み心地を作っています。

あと自然の描写が淡々として見えるけど解像度が高くて、そういえば子供の頃には自然をこんな風にミクロな目で見れていた気がするんだけどだんだんとカエルはカエル、花は花、葉っぱは葉っぱと画素数の少ない見方しかできなくなっているなぁと痛感させられました。

そんな感じで言葉では説明しづらいけど強烈な良さがある作品でとても良くて思わず著者の全作ポチってしまった。

以下各話感想。


「小島」
バスに乗って土砂災害の被災地にボランティアに行く話。
その時限りの見知らぬ人たちで構成されたメンバーに囲まれ、話しながら作業をしていく様の、そのディテールだけで凄い。農具の呼称とか使い方ひとつとっても新鮮。そして淡々としているようでたまに凄いユーモアをぶち込んでくるあたりもなんか良さがあります。
ストーリーも特に起伏はなく、分かりやすいドラマ性もないんだけど、鶏頭が出てくるあの光景とか、バスの中で落としちゃって拾うところの強烈なリアリティなんかが妙に印象に残ります。
また、会話文がシームレスに連なっていて主人公含めてどれが誰の発言なのかよく分からないあたりも、一つの目的に向かって個が「みんな」という塊の中に溶け合っていくような感覚があり、それがちょっとだけ不気味でもありつつ、いい目的のためなので暖かみや優しさにも感じられる不思議な読み心地がよかった。



ヒヨドリ
ある朝ベランダにヒナを見つけて喜ぶ夫と、その姿を意外に思いながら無責任に可愛がってその優しさを強要して来ることに疎ましさを感じる主人公......という、何気なく不穏な一幕から始まる物語。
そこから幼少期の記憶の中の光景や、近所の公園で見かけた光景などがやはりシームレスに語られていきながら、徐々に「子供を産み育てること(の是非)」というテーマが浮かび上がって来るのがスリリング。ヒナの描写とかもホラー以上に恐ろしい。
私は子供は作らないことに決めていますが、それでもいたら可愛いんだろうなとは思う上でメリット/デメリットとか向き不向きと秤にかけたら要らない、ということであって作らないことへの岩のように確固たる確信があるわけではなかったりもして、それだけにこのテーマがずしんと重く響いてきて恐ろしかったですね。
もし主人公たちに子供ができた時に、この夫どうなのよ?ってのがヒナに対する態度だけで仄めかされる凄味。



「ねこねこ」
子供を作るべきかどうかみたいな前話から一転して娘を連れてお散歩に行ったら猫(?)に見えるが娘は猫じゃないと言い張る生き物を見る......という捉えどころのないお話。
それは置いといて(?)義実家での会話の生々しいスリリングさが素晴らしい。明らかに義妹の家族の方を気に入っている義母からの悪意まではないであろうチクチク言葉と、義母に対して本当は死ねよババアくらいに思っていそうな主人公による別に嫌っていくて良い関係を築いているかのような地の文の水面下を思うとめちゃくちゃ怖くて面白い。
猫的な何かがそんな不穏な関係を炙り出すような結末も凄い。あと、ヒッチコックの「鳥」へのあまりに普通な言及にも笑った。映画ファンじゃない人にはそう見えるのか、みたいな。



「けば」
これはさらに捉えどころのないお話で、道端に何かの死骸が落ちている、それを見ていると目の前の家の窓から顔を出した2人の子供に話しかけられる。子供たちが「ちゃんとした」育て方をされているとは思えないけどその「ちゃんと」も良い家に産まれた私の傲慢なのかとか考えさせられる。
そして飲み会の場面の多分課長は楽しいんだろうし男たちもまぁ楽しいんだろうなという微妙〜な空気感とその後のなんとも言えん終わり方が凄い。



「土手の実」
土手に今まで気付いてなかった樹があることに気付き、その実がなんだか気になるというお話。
土手の実から思い出す、子供時代にあらゆる実を盗んで食べていたエピソードが面白い。実といえば私も小学校の頃に校門から少し入ったところに赤に白い粉っぽい斑点模様の楕円形で小さい実がなっていて、何の木だったのか分からないけどある時誰かが食べて美味いことに気付いてそれからそのことを知っている数人でちょくちょく食べていたらすぐに実がなくなって翌年からはもう成らなくなってしまったことがあったのを思い出しました。
普段自分が暮らしている世間とは隔たっていて、でも同じ土地に暮らしているいわゆる社会的弱者たちが何か大きなシステムのようなものに排除されてゆく様を思いつつ、それを他人事の極地へ押しやってしまう唐突なラストが凄い。


「おおかみいぬ」
これまでの話の捉えどころのなさや不穏さに比べてこれなんかはシンプルで、職場の好きな人が別の同僚とコスモス畑を見に行くかもしれない......という会話を側聞きして、いないだろうと思いながらも自分もコスモス畑を見に行くというお話。
周りにはカップルや家族や友人同士っぽい人たちがいる中で1人で観光地を訪れる時のなんとも言えないあの感じが完全に再現されていてよかった。
そして甘酸っぱいような切ないような微妙な味わいの結末も良いですね。


「園の花」
子供が保育園に行けなくなるくだりから子育てというものへの確信の持てなさが語られるあたりは、自分ももし子供を持ったらこういうことで悩むのかなと思わされ、そこから一転して主人公自身の幼稚園時代のことが語られるともう怖い怖い。前の話が普通に良い話だったところからの落差でより怖いけど、そうじゃなくてもこれまでの話で1番ストレートに怖いです。


「卵男」
作家の主人公がシンポジウムで韓国に行く話。正直全然何の話なのかわからなかったんですが、主人公のとある失敗が旅行あるあるみたいな感じで、なんとも言えない悲しさとこれも旅だよねみたいな微妙な気持ちになりました。


「子猿」
家の近所に山から下りてきた小猿が出没する......というお話。
珍しく男性(若い父親)が語り手なんだけど、彼の妻の話を聞いていないっぷりがめちゃくちゃ分かるんだけど、そこから生まれる緊張感はもはやスリラー。そして猿真似の挿話がいきなりホラーなんだけど隣家の息子や居場所を見失った小猿への憐れみのようないじらしさのような気持ちにもさせられる不思議な話でした。


「かたわら」
子供の頃に犬を飼っていた主人公が犬を飼いたいけど現実的に難しい......ってお話。
本書で1番長い短編で、犬を軸に過去や現在における人との繋がりやこれからの人生についてなど、現代を生きる主人公の日々がぽつりぽつりと語られていく一編です。
夢のシーンが出てくるんですが、それが夢だと気づくところでもまだ一瞬それが信じられずに戸惑ってしまうあたりは本当に夢を見た後のような感覚にさせられて凄え。
あとライフプランのくだりがなんか怖かった。
年上の友達とのランチのシーンなんかも圧巻でした。なんであんな緊張感を出せるんだろう......。


「異郷」
ここからの3編が「広島カープ3部作」。
これまで本書を読んできて不穏な空気感の作風に慣れてきたところでそれを逆手に取るように不穏さを読者だけ分かってるギャグにしちゃうのが面白い。とはいえ実際不穏ではあるのも良い。笑いながら「こわっ」てなる。


「継承」
こちらはよりカープや野球に関する描写が多くて選手の名前とかよく分からんとこはありましたが、野球とほんのりファンタジーとの奇妙な取り合わせが思いのほか良くて不思議な読み心地の良さがありました。ままならない人生への悲哀が込められつつも常に前向きな印象はあり、気が進まないまま試合を観にきたら思いのほか熱中してしまうくだりなんかも爽快。私も野球嫌いだけど思わず良いなぁと思ってしまうくらい、観戦の描写が素敵でした。
そういえば映画「フィールド・オブ・ドリームズ」とかも野球×ほんのりファンタジーでしたね。


「点点」
この話に至っては山本浩二さんという実在の選手がかなり重要な要素として出てくるので「誰や〜」となりましたが、これもちょっとファンタジーめいた、現実から3mmくらいだけ浮いたような感覚が素敵でした。最後の思い出にまつわるセリフなんかは忘れてしまいそうな繊細で曖昧な感覚を描き出す本書全体のまとめのようでもあって印象的。


「はるのめ」
4月から小学生になって祖母の家に引っ越すことになった主人公の3月を描くお話。
私も彼女と同じように小学校に上がるタイミングでこっちに引っ越してきたので、その辺の感覚になんだか懐かしさを感じました。