偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ちくま文庫『孤独まんが』感想

古くは1967年から、直近だと2022年までの「孤独」をテーマにした短編漫画18編を集めたアンソロジー


「落伍」、「無用」、「風狂」、「隠遁」、そして「エピローグ」という5章立てで様々な孤独の姿を読ませる本。孤独に苛まれながらも群れに馴染めずに独りでいることを望んでしまう私みたいな人間にはなかなか刺さるアンソロジー。普段あまり漫画を読まないのもあって、いろんな作家さんの作品を一冊で読めるのも嬉しかったです。
また様々な年代の作品が一冊に纏まってると意外と違和感なくというか、時代の差を感じずにすべて普遍的なお話として読めて、そういうタイムレス感もだアンソロジーならではで楽しかったです!
ちくま文庫からは他にも「温泉まんが」とか「老境まんが」とか気になるアンソロジーが出てるのでいずれ読んでみたい。
以下各編の感想。


落伍

社会が規定する「普通の人生」から落ちこぼれた落伍者たちを主役にした4編。


諸星大二郎「地下鉄を降りて……」

何冊か読んだことがあり結構好きな諸星大二郎がトップバッターだったのが本書を買おうと思うダメ押しになりました。
地下鉄を降りたら地下街から出られなくなる......という設定が、この社会からの落伍のメタファーになっています。
あくまで日常風景が続きながら主人公だけが「出られない」という異様な体験をしていることで白昼夢のような不思議な読み心地があって好きです。
また、最後から2ページ目のあの逡巡にめちゃくちゃ説得力があって、それがインパクトのあるラスト1ページをも納得させているのが上手い。
「東京は安全な街だが一度逸脱すると戻れない」みたいなセリフが印象的でした。


いましろたかしおへんろさん

こちらも前話の主人公と同じくらいの歳の働き盛りっぽい男が主人公ですが、前話の地下に閉じ込められる閉塞感に比べてお遍路の旅の風景の何と解放的なことか!
この2編をこの順番で並べられることで対になった作品のようにも読めるのがアンソロジーの愉しみですよね。
うん、どうせ落伍するならこっちがいいな。
めちゃくちゃ短い話の中に個人と集団、田舎と都会、老人と若者といった断絶のモチーフが繰り返し描かれているのも印象的です。
あと頭身のバランスが可愛い絵柄も好み。


近藤ようこ「白粉小町」

江戸時代の田舎の屋敷を舞台に少女と遊女上がりの婆の交流を描いたお話。
落伍者として後ろ指をさされながら虐げられながらも強く生きてる婆がとにかくカッコいい。主人公の少女は周囲の何も考えてない人たちからの圧力に嫌な思いをしてるんだけど、どうか彼女も婆のように自分の芯を持って強く生きていって欲しい......というシスターフッド的な読み方もできるお話でした。


ハン角斉「黒い蝶」

結婚と事業に失敗し死病に冒されたどうしようもない境遇の男が恋をする若い女性に出会うお話。
終盤のある箇所でページを捲った時に「!?」ってなる演出が凄く良かった。あまりにも悲劇的なのに最高の救いでもある結末もとても印象的。黒い蝶というモチーフの描き方も良いっすね。


無用

世の中から無用と見做される孤独を描いた5編。


永島慎二「仮面」

オタクなので仮面と書かれるとペルソナと読んでしまいますがまさにそういうお話。
サイレント映画のようにセリフがほとんどないまま画面のような笑みを顔に貼り付けた男の日常が淡々と綴られるのになんとも言えない哀愁が漂っていて引き込まれます。
クライマックスの絵がとても印象的で、それが良いことなのかはわからないけどどこか吹っ切れた安心感のある結末の余韻も良い。生きることへの絶望と優しさの混ざった視線に泣けます。



太田基之「石を買いに来た女」

絵柄がちょっと古く見えたけどヤフオク!が出てくるので最近の作品だと気付いた。
そんで、ヤフオク!で拾った綺麗な石を出品したらなぜか売れちゃったという発端からはじまる不思議なお話。悪友の男2人が主人公だったところから、タイトルロールの「石を買いに来た女」が主役になるところが鮮やか。能天気な男たちの視点と、石を買う女が抱えるものとの落差に震えます。



滝田ゆう「お通夜の客」

お通夜の夜の出来事を描いた怪談落語風のお話。
お通夜こそやってもらえるものの死んで無用物となった幽霊の恨めしさと、主人公のキレキレのツッコミ(?)のギャップがめちゃ面白い。鮮やかな結末から浮かび上がる悲哀が軽やかな読み心地なのに余韻の残る不思議な後味を生み出しています。


ジョージ秋山「きびしい試練」(パットマンXより)

正義のために頑張ってるけどなんか空回りしてるヒーロー(?)パットマンの孤独を描くお話。
パットマンが可愛いのでなんだか不憫な気持ちになっちゃうけど最後は優しい終わり方で良かったです。「無用」というテーマを踏まえて読むとまた一段と沁みる......。


篝ジュン「日常生活」

アパートの部屋をパーティー会場かのように踏み荒らされる様はアロノフスキーの『マザー!』という映画を思い出しましたが、自分の日常生活において自分が無用の者になる感覚が居心地悪く恐ろしかったです。不条理な出来事がぽんぽんと続くことで独特のテンポの良さがあって面白かった。

風狂

社会の辺縁に住まう「あぶれもん」たちを主役に据えた4編。


うらたじゅん「思い出のおっちゃん」

学校の近くに怪しいものを売りにくる、胡散臭いけど悪い人じゃなさそうなおっちゃんにまつわるお話。
おっちゃんのキャラが良くて少年時代のなんかよく分かんないけど良い思い出を思い出すようなノスタルジーがありつつ、そんなおっちゃんがマトモな大人たちに排除されて消えゆく様に強烈な痛みも感じさせられ、忘れ難い余韻を残す傑作。私の時代にはもうこういう人は町にいなかったなぁ、と思うとまたなんだか悲しい気持ちに......。



つげ忠男「夜の蟬」

戦争体験がトラウマとなってヤクザな生き方をする父親の姿を、息子の視点からどこか突き放したように、しかし無関心ではいられないような絶妙な距離感で描いた作品。父親本人の気持ちや過去は全く語られないままなのが良い。父親への愛憎のようなものを分からないまま受け止めるような結末が印象的でした。



かわぐちかいじ「あぶれもん」

どうしても今日中に借金を返さなきゃいけないヤクザ者が良い家のお坊ちゃんっぽい少年を誘拐するけどそんなに良い家の子じゃなくてワガママばかり言われる......というシチュエーションが笑えるコミカルな作品。誘拐犯(?)の2人が「あぶれもん」であり本アンソロジーの表題の「孤独」なのかなと思いきや、むしろ誘拐される少年の方が空虚な孤独を抱えていそうなのが見え隠れするところが良い......。



安部慎一「久しぶり」

すみません、私にはちょっと難しかったんだけど、学生の頃の仲間といる自分と漫画家としての自分とがいて、どちらも本当の自分ではないような感覚......が描かれているような気がする。
しかし変に暗い感じがなく、飄々とした感じの主人公がなんか良い。


隠遁

社会の中心から逸れた場所でひっそりと生きる人々を描く3編。


斎藤潤一郎「沼南」

主人公がただ1人で散歩をするだけの短編で、本書の中でも誰も他人が出てこずにただ1人モノローグしながら歩くという点では最も孤独な作品。
主人公が歩く寂れた風景がめちゃくちゃ生々しくリアルでありつつ、どこかこの現実と離れた異界のようにも感じられてとても良かった。
人生に生産性を求めるなら、なんとなくふらっと変な駅で降りたものの何もすることもなく別の駅まで歩いて帰るというだけの本作の出来事はもう完全にロスタイムでしかないんだけど、そういう非生産的な時間をただ提示されることの心地よさよ。



つげ義春山椒魚

下水に住み、最初は嫌だったけどだんだん慣れて居心地が良くなり、不要なものなどが流れてくるのを楽しみにし出した山椒魚が主人公で、今読むとTwitterの暗喩のようにしか思えず、これを今アンソロジー採録する編者のセンスも凄えと思う。
ラストがかなり怖い。あれ自体も怖いけど、山椒魚の反応が完全に社会から隔絶した世捨て人のものであることにゾワゾワとしてしまう。



水木しげる紙魚

資料室で文献についた紙魚を取る部署に左遷された男を描くブラックユーモア全開の作品。
おそらく発表当時には今以上に人々の価値観の中心にあったであろう「成功」というものをおちょくったようなストーリーは痛快で、それは現代のコスパ主義みたいなものにまで敷衍できる気がします。生産性生産性って言うけどいっぱい生産したらじゃあ、どうなのさ?みたいな。
先日観た『ゲゲゲの謎』と通じるところも感じられて個人的にタイムリーでもあり、水木しげるの作品をもっと読んでみたくなった。


エピローグ

最後の2編は、独りでいる主人公がしかし孤独ではない姿を描いた作品たち。


穂積 「それから」

本作が収録されている、著者の短編集『式の前日』は個人的に大好きで何回か読み返したし一時期は会う人全員に勧めてたくらい。
その短編集の最終話として機能していた本作一編だけを取り出してアンソロジーのエピローグに置かれても、やっぱりめちゃくちゃ良くって、編者のセンスをまた感じます。
タイトルは「それから」だけどシチュエーションが吾輩は猫であるなのが面白い。孤高の猫の視点から見る孤独ではいられない人間の姿は不可解で滑稽でもありつつ愛おしい。


カシワイ「ひとつの火」(原作・新美南吉

原作が新美南吉ってことは童話なんだと思うけど、本作は大胆にも言葉による説明がかなり少ない半分サイレント漫画みたいな感じで描かれています。
可愛く涼しげで儚く美しい絵柄がめちゃ好みで、その絵の力で描き出す人と人との繋がり暖かさが、このアンソロジーの最後に置かれると余計に沁みる。
著者は本作の他にもいくつかの日本の童話を原作とした作品をまとめた『光と窓』という短編集も出しているらしく、それもいずれ読んでみたい。