偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

田南透『翼をください』感想

創元推理文庫の背表紙に聞いたことのない著者と作品名に素敵な表紙で思わず買ってしまったジャケ買い本。



大学生の景太はゼミの同期の石元陽菜に片想いをしていたが、彼女の本性は自己中心的で男たちを良いように利用する悪女だった。
ある時ストーカーからの悪戯電話を受けた陽菜は、無言のストーカーにゼミのメンバーたちの秘密を暴露するが、その中にはストーカー自身の秘密もあった。
ストーカーはゼミ合宿先の孤島で彼女の殺害を計画するが......。


プロフィールが一切公開されておらず、デビュー作の本作しか著作のない謎すぎる著者による長編です。

良くも悪くもデビー作らしいというんでしょうか、あれこれと色んな要素を詰め込みまくって結果よく分からないことになっているような作品でした。
例えるなら隠し味にりんごもハチミツもココアもヨーグルトも味噌も入れて味がぼやけてしまったカレーのような......。
ミステリーとしての意外性に関しても、終盤で次から次へと色んなネタが盛り込まれているけど、ありすぎて今ひとつどれをメインに見せたいのかが分からない。
また、ストーリーの部分でも濃いキャラをやたらと投入したら濃いだけでボヤけた味になってるというか。悪女怖いみたいな話かと思ったら、悪女がめちゃキャラ濃いわりにすぐ殺されて空気になるし(死んでも存在感出し続けてくれりゃいいんだけど......)、そもそも陽菜というキャラの描写に見られる悪い女の解像度が低すぎて何十年前の人間やねんこの女、と思ってしまう......。特に彼女の視点から描写はなんか悪いこと言いまくってるけどノリが古いというか、おじさん構文みたいになってて目も当てられないし、悪女がバレンタイン手編みのセーターで告白したり悪女なのに口が滑りまくった挙句あっさり殺されたりとただのドジっ娘だったりして全然オーラがないんすよね。
そして中盤から主人公の景太の物語になるのかと思いきやなんか無駄に設定詰め込まれた男女の刑事が出てきたり終盤で急に犯人の物語になったりと、とにかく話があっち行ったりこっち行ったりで読み終わってからも結局何がしたかったのかがさっぱり分からず、思いついたことを取り留めなく書き綴っただけみたいにすら思えてしまいました。

とはいえ文章は非常に読みやすく飽きずに読ませるだけのフックもある(というかフックしかなくてこうなっちゃってる感)ので、どっかから借りてきたような濃いだけのキャラ設定を止めてストーリーの軸を持てばきっと面白くなりそう......なんて、なんとまぁ畏れ多くも上から目線で書いてしまって申し訳ないですが、こなれたら化けそうな著者だけに本作しか著作がないのが残念です。