偽物の映画館

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歌野晶午『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』読書感想文

歌野晶午による、江戸川乱歩の名作短編たちへのパスティーシュ短編集。



歌野さんは以前にも長編『死体を買う男』で乱歩オマージュをやってて、今作は2度目。
ただ、『死体を買う男』は乱歩本人が出てくるある種の時代ミステリだったのに対し、もしも本作は乱歩のアイデアを現代に再現したら......というIfもしもな翻案モノなので、読み味は全く異なります。

第2話で「高度に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない」という有名な言葉が引かれています。
この言葉の通り、乱歩の奇想に最先端の科学技術をプラスすることで、夜の夢の世界をリアリティをもって現代に再現しよう、というSFにも近い試みが楽しいですね。

また、乱歩短編といえばどんでん返し!
本書ではどんでん返しもまた現代風に上乗せしまくって楽しませてくれます。

一方で、恋愛や結婚や介護やニートやオタクやストーカーといった、歌野作品ではお馴染みのキャラクターやテーマも多数登場して歌野ファン的にも楽しめました。

まぁ、正直なところ、各話綺麗にまとまりすぎていてだいたいオチは読めてしまいますし、乱歩のあの雰囲気を再現するには文章が軽すぎるというのもあります。
しかし、歌野さんらしい遊び心に満ちた短編集であり、変に期待しすぎなければサラッと読めてなかなか楽しい一冊だと思います。

以下各話感想。





「椅子?人間!」

作家の主人公のもとに元カレからのメールが届くという、シンプルに原典を現代化したようなお話。

原典が手紙という性質上、直線的に話が進んだのに対し、こちらはやり取りが出来るって点の緊張感がありましたね。
また、主人公が執念深いのは同じながら、どちらかというと本作の元カレくんの方が原典の椅子人間よりも一見カラッとしてるようで実はより粘着質に感じられます。
で、そんな元カレくんの底辺クズ野郎なのに共感出来ちゃったりもして、そのへんの痴情のもつれ具合がとても歌野さんらしいです。

オチはまぁこの流れならこうなるよねと読めてしまうものではありましたが、意外性の量で言ったら本家よりも多く、なにより(原典と本作のネタバレ→)原典では嘘ぴょんオチだったのが、本作はきちんとオチが明かされることで嫌な後味が残る......かつ、全部は見せきらないことで結局どっちだったんだろうという宙ぶらりんな余韻もあって、その辺はアップデートされてると言っていいと思います。





スマホと旅する男」

タイトルが本書で最も秀逸だと思います。変に長くせず、元ネタそのままのシンプルさが好き。

内容は、旅行に行ったらスマホ画面に映るアイドルとお話ししながら旅してる変な人と知り合って......というお話。
全体に『女王様と私』のような雰囲気なのでアレが好きだとコレもハマりそう。

現代のアイドルビジネスの病巣に切り込んだ社会派のようでもありつつ、原典の持つ幻想性を科学という名の魔法によって再現しているのが面白いです。
オチはなんか想像すると笑っちゃうような光景ですが、幻想小説ってのはそれくらいがちょうどいいのかもしれないですね。まだ現実の範疇にあった物語が白昼夢の世界にフェードするようなラストシーン、好きです。





「Dの殺人事件、まことに恐ろしきは」

表題作。
坂とラブホテルの多い街。浮気調査を生業にする半フリーターみたいな主人公が早熟な小学生の聖也とともに薬局で起きた事件に関わっていくお話。
現場が視線の密室だったり、被害者が裸で背中にミミズ腫れがあったりなど、原典の謎を引き継ぎつつ、歌野さんらしく鬱屈とトリックを贅沢に盛り込んだ作品。

原典は明智小五郎初登場作品ですが、本作では変わりに生意気小学生の聖也くんがキャラ立ちを発揮。
解決編のダミー推理の量がめちゃくちゃ多くてそれだけでもなかなか楽しい上に、最後のブラックな真相からさらにダークなオチまで、まさに最後までチョコたっぷり。
イデア満載で表題作の名に恥じない力作です。





「『お勢登場』を読んだ男」

「読んだ男」というくらいですから、まんま原典が出てきちゃうお話。

倒叙のような形で、乱歩の小説に触発された主人公が舅を殺そうとするところに共感できちゃうのが面白いですね。人殺しなのに。
で、そうかと思えば逆にお勢登場をやられちゃうトホホな展開にも笑えます。笑いつつも、なかなかピンチでサスペンス......。

ただ、この状況になっても、現代だとスマホという秘密兵器があるので「お勢登場」は成り立たなそうなもの......。そこんとこをクリアするためのアイデアの数々が面白く、テクノロジーの使い方の細かさでは本書でも随一の一編です。




「赤い部屋はいかにリフォームされたか?」

江戸川乱歩の「赤い部屋」を原作とする舞台の上演中、観客の視線の中で、出演者が殺されて......。

そもそも舞台劇のような「赤い部屋」という短編をまさに舞台化しちゃうっていうアイデアが面白いです。
まぁ内容はなんとなくわかっちゃうんですけど、それよりなにより作者の、そしてミステリ作家の心の叫びとしか思えない長台詞があるのに笑いつつも身につまされましたね。こんなブログやってると特にね......。
どんでん返しというよりは趣向そのものが楽しい一編でした。





「陰獣幻戯」

女性を完全に性の対象としてしか見れない教師というヤバい主人公の一人称で、偶然知り合ったアンティークショップの美人店主のストーカー事件の顛末が語られるお話。

かく言う私もわりと女性を性的に見がちなのでこれも身につまされますわ。そんでもって、若い子への興味がだんだんなくなって熟女に目覚めていくあたりも共感()。
そんな主人公がストーカーの謎に挑むという倒錯した状況設定も絶妙。普通なら甘美な大人のラブストーリーになりそうなところですが、主人公がこんなんだから妙に不穏な読み心地なのがいいっすね。
オチは部分的には分かりやすいものの、あれはさすがに予想外でした。しかし、本書のコンセプト的には必要ですよね。

まぁともあれ、どこか懐かしくも一種異様な雰囲気は、本書で最も普通に乱歩っぽい作品と言えそうで、個人的には一番好きな偏愛の一編です。





「人でなしの恋からはじまる物語」

トリを飾るこの作品はもう非常に変則的な構成の短編。そんなプログレな構成を楽しむお話なのであらすじとかも紹介しない方がよさそう。

人でなしの恋の要素は導入部くらいなもんで、後半からは変わりに別の乱歩作品の要素が入ってきます。とはいえそれもさらっとで、わりと歌野晶午みの強い短編なんですね。
で、ラストの余韻がこれまでの話とは一風変わっていて、気持ちのいい肩透かしを食らわされました。まさかこうくるとはね。歌野さん、アンタに一生付いていくよ......。

(ネタバレ→)
二次と三次の入り混ざるスマホゲームの悲劇だけで一本書けそうなところから、丸っきり話変わって暗号ミステリになるというキメラ的構成が楽しいです。
ラストに至るまで主人公に対して共感が2の反感が8くらいで読んでいたので、まさかの温かみのあるオチに泣きました。おじいちゃんめちゃくちゃいい人なだけに、イヤミスにならなくて良かった......。
......からの、喜劇的なもう一つの結末には確かに「二銭銅貨」らしさもあり、ただのいい話では終わらせない飄々とした佇まいが粋な一編ですね。