芥川賞受賞の表題作に、短い短編を3本併録した作品集。
受賞時に話題になって、なんとなく気になっていつつも読んでいなかった本作ですが、自分が結婚するタイミングになって読むというタイムリーなことをしてしまいました。
本書に収録された4篇は、どれも寓話のような、現実から少しだけ遊離したような世界観で、しかし非常にリアルに夫婦や家族という現象を描き出しています。
これが描写まで現実通りだと、ランチどきの喫茶店での主婦の井戸端会議みたいな話になりそうですが、書き方を少し不思議にするだけでこんだけ面白く怖くなっちゃうのは小説のワンダーですね。
順番に書いていくと、まず表題作の「異類婚姻譚」は、専業主婦の主人公サンちゃんが、ある日自分と旦那の顔がそっくりになっていることに気付くところから始まるお話。
奇妙な展開はもちろん、風変わりな固有名詞や、昔話の題を引用することでこのお話自体を寓話めかしていく手際が凄いっす。
ひとつひとつのエピソードも印象的で、揚げ物の件とかは、本作のストーリーを全部忘れちゃっても「ああ、あの揚げ物の話だよね」とそこだけ覚えてそうなくらいの謎のインパクト。
そうしたエピソードたちによって少しずつ夫婦という形態への違和感を積み重ねていくのがスリリングで恐ろしく、しかしもの語りに引きずり込まれてどんどん読み進めてしまいます。
終盤のある種の蒙が啓けるような感覚は最近の作品らしい気がします。
ラストシーンの、おかしみと切なさと気持ち悪さの入り混じったような余韻は、本作全体の読み心地を象徴するようでもあり印象的でした。
短編の「トモ子のバウムクーヘン」は、自分の人生が作り物のように思えてしまうみたいな話で、私は子供もいないし主婦でもないけど、生きててそういう感覚に囚われることはあります。......というか、常にそういう感じはありつつ、特にそれを強く意識してしまう時ってこういう気持ちだなぁ、と、結構共感しちゃうお話でした。
「〈犬たち〉」はかなりファンタジーめいた要素が強く、雪の降る田舎の町と、そこからさらに山奥へ入った主人公の仕事場、そして犬たちの描写がとにかく美しいです。なんか外国の映画みたいな雰囲気。
しかし、描かれているのはやはり家族や人間関係。また、主人公に配偶者がいないことを通して「夫婦」を描いている、という見方も出来るかと思います。
掉尾を飾る「藁の夫」は、個人的に本書で1番好き......というか1番怖かったです。
タイトルの通り藁製の夫が出てくる変ちくりんなお話なんですが、誇張はされつつもかなりリアルに夫婦の諍いというか、絶望的なまでの通じ合えなさを描き出していて戦慄します。
私の好きなバンドの曲で「愛の逆流」ってのがあるんですけど、このお話はまさに愛は逆流しないだろうってところの怖さ。
表面的には一見元に戻ったかのような結末の、しかし赤の他人よりも冷たい炎が燃える心情が怖い。こんな風に思われたらおしまいなので頑張ります......。
とそんな感じで、もうすぐ結婚するという、分かりきらないけど他人事でもない状況の今読んでベストタイミングだった気がします。