偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』感想

僕らはゆっくりと忘れていく とても小さく
少しずつ崩れる塔を眺めるように
(ヨルシカ『アルジャーノン』より)


32歳だが幼児並みの知能しか持たないチャーリーは、通っている障害者センターで開発されたばかりの脳手術を勧められる。
動物実験として手術を受けたネズミのアルジャーノンは迷路の問題で驚くべき成果を出すようになったという。
手術を受けたチャーリーはやがてIQ180超の天才になっていくが......。


これは新潮文庫コラボじゃなくてハヤカワさんだけどヨルシカの『幻燈』の元ネタを読もうシリーズです。

本作ももちろん名前は聞いたことあったけど実は読んだことなかったです。実家に置いてあった記憶があるけど、親が持ってる本ってそれだけで読みたくないですからね......。といって避けてたけどごめんなさいとてもよかったです......。

知的障害を持つチャーリーが手術で天才になっていく様が彼の「けえかほおこく(経過報告)」の体で描かれていきます。
この「けえかほおこく」が序盤はひらがなばつかりでくとおてんもつかわないでときどきかんじがつかわれても問遠いだらけなのが、知のうの上しょうに従って少しずつ整った文章になっていくという文体遊びのようになっているのが面白かった。というか、翻訳がすごい。原文だとどんな感じなのかも気になってしまいますね。

そしていざIQが上がってくると、記憶を遡って自分がこれまで友達だと思っていた人たちに実はいじめられていたこと、母親が厄介払いのために自分を養護学校に入れたことなどに気付いてしまう......というのがつらすぎる。そして、やがて彼自身がIQ180くらいになって周りの人達を無意識に見下すようになっていくのが悲しい......。この辺からはもうわりとつらいことしか起きないので読んでいて悲しくなりますね。しかし「知能が上がって恋愛も仕事も上手くいくようになってめでたし」ではないリアルな葛藤や苦悩が、IQ60からIQ180をゆっくりと往復することでIQ110くらいの私にも分かる普遍性で描かれていて凄い。特に同僚の不正にまつわるシーンや家族それぞれとの再会は印象的。また、意外にもセックスについてもかなりしっかり描かれていたのも良かった。

タイトルのアルジャーノンのことをてっきり主人公の名前だと思っていたけど、主人公が手術を受ける前に動物実験として知能を上げられたネズミだった。そのアルジャーノンへの世界でふたりだけの被験者という同士に対するような感情にもグッときました。

知能や知識だけあっても人間性が伴っていなければ有害にしかならない、という強いテーマが刺さりつつ、俗な言い方をすれば「泣ける」物語にもなっていて、とても面白かったです。