偽物の映画館

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松浦理英子『親指Pの修業時代』感想

フォロワーのおじさんに勧められて読んだやつです。

親指Pの修業時代 上 (河出文庫)

親指Pの修業時代 上 (河出文庫)

親指Pの修業時代 下 (河出文庫)

親指Pの修業時代 下 (河出文庫)


ごく普通の女子大生の一実。しかし、親友が自殺し、その49日の翌朝に目覚めると、彼女の右足の親指はペニスになっていた。

......という、奇抜な設定ですが、別にエロ小説でもなければイロモノってわけでもありません。
ごく普通の主人公が、"親指P"の出現によって変わっていく成長譚であり、その過程で出会う人々を描いた群像劇であり、多様な性のあり方を描くジェンダー小説とも呼べるかもしれません。

男根主義や性器結合主義に対し、それだけではない性と愛の形をやんやりと教えてくれるような作品で、テーマ自体は現在からするとそう変わったことではないですけど、当たり前のことでも改めて物語の形で読んでみるとなんだか蒙が啓かれるというか、視野が広がるというか、凝り固まった価値観がすぅ〜っと解されるような爽快感があります。
とはいえヘテロ的なセックスを批判するわけでもなく、「価値観を他人に押し付けること」以外のどんな価値観も否定しないところに誠実さを感じ、それが読み心地の良さにもつながっています。


また、物語として単純にめちゃくちゃ面白いんですよね。
導入では親指Pが生えたことによって変わっていく彼氏との関係とかが描かれるんですけど、そんだけのことでもうめちゃくちゃ引き込まれてしまうんですよね。淡々としていながらも描かれる感情の動きは激しく、彼氏と主人公の温度差にも牽引力があります。

そして、見世物ちっくな劇団「フラワーショー」と出会っていよいよお話が動き出すんですが、そっからはもう圧巻。
フラワーショーの面々がみんなとにかく魅力的で、彼らとの出会いで風通しが良くなる爽快感。
しかし、どんないい人たちでも親密になればなるほど関係性はむしろ複雑に絡み合っていってしまうという、普遍的な人間関係の儚さが描かれるので、設定の特殊さなんかもう忘れて学校の部活とかを思い出しながらどんどんのめり込んでいってしまいました。
作品の長大さに対して、ほぼ劇団の中だけの話、しかもその中でもメインは主人公ら4人の人間関係に絞られるんですけど、そんでも話に起伏がしっかりあって、興味を惹かれ続けるんですよね。そこが凄い。
いやでも、メインは4人と言いつつ、他のメンバーたちもみんな背景が想像出来るくらいに丁寧に描かれていて全員に愛着が持てるようになってますしね。
そしてクライマックスの盛り上げ方だったりも上手いですね。閉塞していきながらも加速していくような......。
なにがしかの結論とかが出るわけではないけど、それでいて大冒険の後の感傷と満足感に満ちた結末も良いし、そっからちょっとクールダウンさせるようなエピローグにもニヤリとさせられます。


そんな感じで、良い意味で予想を裏切られ、単純にエンタメとしての面白さと、少しだけ人生観を変えられるようなテーマ生徒が両立された、長さに負けない傑作でした。堪能。