偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

深緑野分『ベルリンは晴れているか』感想

私は『オーブランの少女』しか読んでませんが、話題になった『戦場のコックたち』など、上質な作品をコンスタントに発表している印象の著者による第二次大戦前後のドイツを舞台にした長編です。 




舞台は1945年、ナチスドイツが戦争に敗れてアメリカ・ソ連・イギリス・フランス4国の統治下におかれたベルリンの街。
アメリカ領の食堂で働くドイツ人の少女アウグステは、恩人が歯磨き粉に仕込まれた毒で殺されたことを知らされる。
ひょんなことから知り合った泥棒の男と共に、彼の甥に訃報を報せるために旅立つアウグステだったが......。


先日、『戦争は女の顔をしていない』を読みましたが、本作も1人の少女の視点から戦争というものを描き出している点で共通します。
聞き書きという形のため読みづらいところはあった『女の顔』を、テーマは引き継ぎながらもエンタメ小説に落とし込んで、より広く伝えようという意志が伝わってくる力作にして傑作でした。


本作を読み始めてまず思ったのが、読みやすくて凄え!ってこと。
登場人物一覧を見た段階で、英語圏の人名はまだしも、ロシア語圏の名前の見慣れなさと人数の多さに怯んでしまい、正直読むのやめとこうかと思いました。しかし、読んでみると人物も戦後のドイツの空気感もしっかり描かれているので外国の話だということも忘れて自然にすっと物語の中に入っていけました。
主人公のアウグステがドイツ人であること、女であることから受ける差別や暴力。一方でユダヤ人や障碍者、同性愛者への子供のイジメのようなくだらない排斥は、しかし簡単に命を奪える大きな力として蔓延っている。
戦争という異常な状況下における人間の残虐性などヘビーな部分が胸糞悪くなるくらいガッツリ描かれています。
しかし、それと同時に会話や語りの中にあるユーモアや食べ物の凝った描写など、緊張だけでなく緩和もあるところも素敵です。
『女の顔』でも悲惨な話の中にも生を肯定するような強い希望の気持ちが垣間見られました。

「ミステリは物語を進めるための起爆剤」みたいなことを著者が言っていたと思うのですが、本作はまさにそんな感じっすね。
真相そのものにめちゃくちゃインパクトがあったりするわけではないけど、メインの謎に加えてそれぞれのキャラクターの過去やら思惑やらが小出し小出しに謎として提示されたり明かされたりするので、ぐいぐいと引っ張られて行きます。
また、物語が丁寧に描かれているから、真相もインパクトを増すと言うか。何が起きたかをあらすじとして書けばそんなに印象的ではないけど、その出来事が主人公アウグステを通して読むことで重く響いてくるのがとても良かったです。

アウグステが持つ『エーミールと探偵たち』というドイツの絵本の英訳版が重要な小道具になっていたのも印象的。
悲惨な出来事を描くときに、物語だからこそ人の心に響くんだという深緑野分の作家としての矜持を表しているようでもあり。また、英訳版ということで、言語の違う相手を理解しようとする姿勢の象徴のようでもあり。もちろん、この本の作者のケストナーさんが反ナチだったこともあるし、色々と本作の内容が象徴されている気がして小道具のチョイスもさすがだなと思いました。

色んな国の人が出てきて、それぞれの立場がある、また同じドイツ人でも政治思想によって断絶があり、戦前と戦後ではナチ党員の扱いも180度ひっくり返ったり、マジョリティとマイノリティの生きづらさの違いもあり......。
あまりにも複雑なこの世界を、複雑なままに、しかしエンタメとしてはシンプルな面白さで描き切った傑作で力作です。