偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

九段理江『schoolgirl』感想

芥川賞候補になった表題作に、文學界新人賞を受賞したデビュー作を加えた2編の中編集。

読み終わって慌てて著者のWikipediaを調べたらまだこの一冊しか出ていなくて悲しくなったくらい面白かったです!




「schoolgirl」

小説を読むのが生き甲斐の母親と、YouTubeで社会問題について発信していてフィクションなんか時間の無駄と思っているwokeな中学生の娘。太宰治の「女生徒」を媒介に2人は対話をはじめ......。

太宰の「女生徒」の書き出しが序盤に出てきて「なんか知ってるフレーズだぞ」と思ってから本作のタイトルを見て納得。「女生徒」の親密に語りかけるかのような引き込まれる語り口が本作ではYouTubeでの語りによって再現され、さながら令和版・女生徒。しかし本作の語り手はそんなYouTuberの少女ではなくその母親。かつて文学少女だった彼女が語る女生徒・その後、みたいな雰囲気でもあります。
そして、女生徒の「美しく生きたい」という言葉を軸にして、「正しさ」との向き合い方についてスピード感溢れる筆致で描かれていくのにぐいぐい引っ張られてしまいます。
この腐った世界を良くしたい、他人のために生きたい、という美しさと、そういう正義が暴走することもある事実、それに対して「時間の無駄」だからこその小説の価値を描き出していくのに痺れます。
そして、そんな大きい話が最後は母と娘の関係に収束するところも「大説」と「小説」の話を体現するようで良い。
「読みたい小説があればオチだけネットで調べればいい」という作中の言葉を諌めるように、もやっとしたまま、でも母娘がこの一瞬に初めて繋がったような感覚を残して終わるところがとても良かった。





「悪い音楽」

音楽教師の三井は生徒同士の喧嘩に居合わせたことから余計な仕事を増やされ、生徒という猿どもを罵るラップの作詞をはじめる......。

↑というのが本作の正しいあらすじなのかは分かりませんが、とにかく最高に面白かったです。
作中で「人の心が分からない」とか「サイコ教師」とか言われてる主人公にめちゃくちゃ共感させられるのが凄み。
しかし、その「共感」したいという私の気持ちを嘲笑するように、他人の「心」を自分に引き寄せてしか見られない世間のダルさを表明してくるので恐ろしい。
しかしとにかく主人公のやることなすこと考えることの全てが他人とズレてるけどそのズレ方がめちゃくちゃ面白くて痛快で、私だって常識とか世間の目なんてものを刷り込まれていなければこう生きてただろうと、どうしても思わされてしまうんですよね。
なんせ、大事な話の最中にニヤついて怒られたからって表情筋トレーニングの講座を受けにいくような、妙な純粋さを持っているので面白すぎる。
その面白さが最大限出てるのが生徒をディスるラップなんだけど、それが最後作中でああいう扱いを受けるのも皮肉っぽくて良いですね。
そして、悪い人間が作った音楽は悪い音楽なのか?という問題提起を、その「悪い音楽」を作る「悪い人間」視点で読まされるのも面白い。音楽に罪はないと言いながらもわざわざ「悪い」人間が作ったものに接したくないという気持ちも正直あって、そのせいでファンだったミュージシャンのファンをやめたりしてるのでなんとももやもやした気持ちにさせられました!
なんにしろ、主人公が面白すぎてずっと読んでいたくなる小説だったのでそれだけで最高。