偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

松田青子『おばちゃんたちのいるところ』感想

本棚探偵さんに勧められて読みました。
落語や歌舞伎や怪談をモチーフにしつつ、現代の感覚にアップデートした17編の掌編集。


昔のお話で、女がやたらと酷い扱いを受けていたり、同性愛が笑いものにされていたりするのに対してモヤモヤすることが誰しもあると思います。本作には、そんな女性蔑視や差別的な面があってモヤモヤするお話を大胆に取り入れて、それをぶち壊していこう!という力強いメッセージを加えたお話たちが収録されています。
もうほんっとに、モロにむき出しのメッセージがある種説明的に書かれているんですけど、一方でユーモアやエモさもしっかりあるので説教くさかったり野暮ったかったりしない抜け感があり、清々しく痛快でした!
全体がふわっと繋がっているけど連作ってほど密接ではないゆるさも好き。

以下各話感想。



「みがきをかける」
表題作じゃないのにいきなりぶっ飛んだおばちゃんが出てくるのにびびった。関西弁によってどこまでも増幅されたおばちゃんの無遠慮さが痛快でありつつ、その内に秘めた悲しみや怒りに胸を突かれつつ、それをパワーに変える様がやっぱり痛快。
「自分磨き」の意味を軽やかに反転させてみせるあたりも痛快な、第1話にして本書の魅力が全て詰まったお話です。


「牡丹柄の灯籠」
変なセールスという着想がまず面白くて、最初は訪問者2人に若干イラッとするんだけど、だんだんクセになってくるのが楽しい。


「ひなちゃん」
めちゃくちゃエモいラブストーリー。本書でダントツ1番好きです。元ネタを知らなかったんだけど、調べてみると元ネタへのカウンターとしても最高だな......と思う。


「悋気しい」
「あなた」という二人称の語りで進む破茶滅茶な嫉妬の物語。怒りの勢いの中にも確固たる冷静さがあるのにめちゃくちゃ共感しちゃって笑った。


「おばちゃんたちのいるところ」
本書の軸となる「我が社」の様子がちらっと覗けるお話。あの人たちのその後が見れたり、この後の話のキャラが出てきたりと他の話とのリンクが色々あって楽しい。アノ曲の使われ方に笑いつつも泣けてしまいます。


「愛してた」
「反魂香」が元ネタで、前話との繋がりにニヤリとさせられます。
モチーフとなる金木犀の匂いの扱い方が印象的で、恋愛だけじゃない「愛」というものの在り方に気付かされる良いお話でした。


「クズハの一生」
秀でた能力を持ちながら「普通の女の子」を演じてきた女性の生涯が描かれます。そんな主人公のクズハが浮世離れしたキャラクターであるために、社会の隅々まで蔓延る性差別が滑稽なものとしてユーモアを持って描かれているのが凄い。そして、今は悪い意味で男女が平等になってきているという洞察にも頷きながら薄寒くなりました。ただお話自体は痛快で、ついクズハに憧れてしまいます。


「彼女ができること」
本書でも特に短い、風景描写のように淡々と描かれながらも切実な祈りでもある、印象的な作品。本来ならこれを福祉がやるべきであって、それが出来ていればこんなお話はいらないのに......と、暗澹とした気持ちになります。


「燃えているのは心」
八百屋お七」から「推しへの情熱」を導き出す発想の飛躍がまず面白い。若い女性だというだけで軽んじられる現実を描きつつ、そんな彼女らの持つエネルギーが浮かび上がってくるのが痛快です。


「私のスーパーパワー」
架空の雑誌コラムという体の作品。これもお岩さんとアトピーを繋げる翻案の妙が楽しめます。ただ、スーパーパワーという概念がいまいち飲み込めなかったのはアメコミ映画が嫌いだからですかね......。


「最後のお迎え」
終わりゆくホテルに集う生者と死者たち......という光景だけでもう美しい。汀さんの視点からのお話で、あの映画の名前を出しながら、ここに来て彼の過去が語られるのがアツい。


「チーム・更科」
タイトルの「チーム更科」そのものの魅力が全て。更科さんがしれっと放つ一言がかっこよすぎます。


「休戦日」
「皆で滅びてしまえ」みたいな言葉が印象的だった。わかる。
痴漢やストーカーをする男なんて小心者だというのがさらっと描かれていて痛快でありつつ釘を刺されるような気持ちにもなります。


「楽しそう」
視点が切り替わっていきながら死んだパートナーの死後の世界での生活を互いに覗き見るお話。女性の適応力の高さが凄えと思いつつ(デスロード最高)、男の描かれ方にも厳しさと共に優しさもあって良かった。


「エノキの一生」
勝手に崇められた樹のボヤキみたいなユニークな設定で始まりつつも描かれるテーマは重い。しかし強い希望を感じさせるお話でもあって良かった。


「菊枝の青春」
本書の作品の元ネタはけっこう知らないものも多かったんですが、お菊さんはさすがに知ってたので、冒頭のお皿数えてるところで笑っちゃいました。現代のお菊さんはそのシチュエーションなんだな。
若い女であるだけで舐められて横柄な態度を取られる......という憤りもありつつ、タイトル通りストレートな大人の青春モノで爽やかな気持ちになれます。こういう話がラス前のこの位置にあるのが最高ですね。


「下りない」
前話に続いて姫路が舞台の最終話。
人知れず町を守る者の孤独を掬い上げて救うような、可愛らしく優しいお話で、こういう小さな物語が最後に入ってるのがとても良い。