偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

松井玲奈『累々』感想

正直なところ前作『カモフラージュ』は「有名アイドルが作家デビュー」という話題性で手に取ったのですが、読んでみたらちゃんと面白かったので本作は普通に作家・松井玲奈のファンとして読みました。

各話の主役の女性の名前が冠された5話を収録した連作短編集。
最初と最後の話が同じ「小夜」なことからも分かるように、前作に比べてよりコンセプチュアルな内容になっていて、前作に見られたわざとらしさも払拭され、大きく進化を遂げた一冊になってます。

各話はそれぞれ結婚、セフレ、パパ活、片想いといった若い女性の恋とか愛とかそれに似て非なる何かとかを描き出す内容になっています。
どの話も1対1の関係性が描かれ、その中で主人公たちの不器用さや傲慢さや孤独が見えてきます。時にそれに共感しつつ、それ以上に反感を抱くことが多く、でもその反感の中にさえどこか自分自身を見てしまって憎めなかったりもします。

第1話の「小夜」は恋人から結婚を申し込まれつつもどこか踏み切れない普通の女性のお話。私は結婚すんなり行きすぎたので彼女の気持ちがよく分からず「迷ってないでしちゃえばええやん」とも正直思っちゃいました。それでも、指輪の話なんかが効果的に入ってくることで一瞬めちゃくちゃ彼女と同化した気がしてしまうのが上手いです。

第2話の「パンちゃん」はセフレの話で、ラブホの部屋のワンシチュエーションで繰り広げられるのがそのまま2人の関係の全てなのが切ない。体だけの関係といったってそこまで割り切れないのが人間で、2人ともめちゃくちゃ気持ち悪いんだけどどっちの言い分も分かってしまうのがつらい......。

第3話「ユイ」パパ活してるおっさん視点のお話なんだけど、彼がパパ活やってる理由が狂ってて面白い。そして、パパ活マスターであるはずの彼が制御できないユイという女に出会ってからの会話劇にめちゃヒリヒリします。共感性羞恥がフル活用されて、おっさんを見てるだけで痛々しくてつらい......。

そして、第4話の「ちぃ」が本書のクライマックス。これまでのどこか諦念を感じさせる主人公たちとは一転して真っ直ぐな恋心で暴走する女の子が主人公で、本書で1番煌めいていて1番イタくて1番エモくて1番つらい......。でもつらいんだけどこれほどの恋を出来ることへの羨ましさすら感じちゃうくらい強いラブストーリーでもあります。
......そして、私の大好きなバンドの曲が出てくるんですが、「使い方浅いわ〜」とか思ってたら最後になって「わ、分かっとるやん......」と脱帽。これはもはやあの曲の二次創作と言ってもいいのでわ!?ってくらい良い使い方がされていてありがとう松井先生......ってなりました。

そして、最後の「小夜」は、まさに総まとめでありながら、ハッピーエンドかバッドエンドかとか、喜劇か悲劇かとかに簡単にはまとまらない人生というものが累々と積み重ねられていく様が表されていてエモいっす。
たぶん人によって「爽快」から「後味悪い」まで色んな感じ方がありそうな複雑な味わいのエンディング。この感じを出せるだけでもうこの作家の正式なファンになってしまいます。

独立短編集だった前作から本作では連作になったので、いずれは長編も読んでみたいですね。でも短編上手いから短編ばっかでもそれはそれでいいかも。なんにしろ今後の活躍が楽しみすぎます。

以下少しだけネタバレで。



























































































第2話の途中くらいでもう「これ全員同一人物ってオチじゃね?」と見切った気になっていたら第3話で普通に明かされて「あ、もうバラしちゃうの?」と驚かされました。
しかし、そこで明かされていることでクライマックスである第4話にこれまでの話の小夜やパンちゃんやユイの影を見てよりエモくなるのが上手いです。
そして、サプライズ・スピッツには嬉しすぎて変な声出ました。うひゃ、スピッツ!しかも最初チェリーをただの爽やかなラブソングみたいに使っておいて最後に「チェリーは失恋ソングだったんや......」ってなるのはもはやスピッツ評論。最高です。