偽物の映画館

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スピッツ『Crispy!』今更感想


スピッツ全曲感想シリーズ、今回はこのアルバム!


前作からちょうど1年後の1993年リリースの4thアルバム。

姉妹作的な『スピッツ』『名前をつけてやる』と、前作『惑星のかけら』までが私の中での「初期スピッツ」なのですが、本作はそこからブレイク期への過渡期となる、言い方悪いけど半端な時期のアルバムという印象がどうしても拭えないです。
前作まではやりたいロックをそれなりに楽しくやってた感じで、今聴くと音質悪いとこもありつつインディーっぽいサウンドの説得力はあったように思います。
しかし本作はそこから変に売れ線を狙ったため音もなんかショボく聴こえちゃうし、曲や歌詞も無理して明るく振る舞っているような痛々しさが全編通じてあるような気がするんですよね。

ただ、それも今の観点からスピッツ史を踏まえて聴けば、売れようともがく若いスピッツの葛藤が感じられてそれはそれで良さがあるんですけど、まぁでも昔はスピッツのアルバムで1番好きじゃなかったですね......。オーロラは抜いてですけど......。
とはいえ曲単位では「夏が終わる」「タイムトラベラー」などの偏愛枠もあるし、あんま聴かないから改めて聴くと新鮮でした。
では曲の感想〜。




1.クリスピー

ポップでキャッチーなイントロに、キーボードも入ってたりと、明らかに前作より売れ線を狙ってきてる感じが如実なアルバムのタイトルトラック。
ノリが良いのでとりあえず聴いてて楽しいけど、スピッツの曲の中ではわりとさらっと聴き流してしまう部類でそんなに思い入れとかはないかな......という感じです。
どうでもいいけど、タイトルの「クリスピーはもらった」というフレーズが何度聴いても「ウイスキーはもらった」に聴こえてしまいます。

歌詞はイメージとしては童貞喪失?そこにバンドとしての成熟もかけているような気がしますね。

笑われたっていいからと クライベイビー恋してた

主語が僕じゃなくてクライベイビーという二人称なのが面白いですね。私は大人になった自分が少年時代の自分にクライベイビーと呼びかけているように思うのですがどうっすかね。

輝くほどに不細工な モグラのままでいたいけど

これまでのスピッツだったら僕は不細工なモグラさ〜くらいだっただろうに、圧倒的成長!

クリスピーはもらった クリスピーはもらった
ちょっとチョコレートの
ちょっとカスタードの
ちょっとチェリーソースのクリスピー

クリスピーというのは「サクサクした」って意味らしいです。具体的なお菓子の名詞じゃなくて食感を名詞扱いして歌うことでその「クリスピー」が特別なもののように聞こえるあたりはさすが。色んな味があることから多分恋の相手のことなんでしょう。
えっちな感じがありつつも、「ベチャベチャのケーキの海」とかに比べてカラッとしてるのがポップですよね。

さよなら ありがとう 泣かないで大丈夫さ
初めて君にも春が届いてるから

「さよならありがとう」が、純粋に好きな音楽をやっていた時代への訣別のようにも聴こえてエモいです。




2.夏が終わる

思い入れのない表題曲から一転して、このアルバムではダントツで1番好きだし、スピッツの全曲の中でも上位にくるこの曲。もちろん毎年夏の終わり頃になると聴いてしまいます。
タイトルの通り夏の終わりの空気感はもちろん、日曜日の夕方にラジオから流れてきて欲しい感じもしますね。心地よい気だるさと、お休みが終わってしまう時くらいの重すぎない切なさ。
印象としては山下達郎みたいな、シティポップ?AOR?感があり、この時期までのスピッツには異例のオシャレソングに仕上がってます。
ストリングスがかなりガッツリ入ってたり、ドラムとは別にタブラみたいな?ポコポコっていう打楽器らしき音が入ってたりしてリゾート感もありますね。

遠くまで うろこ雲 続く
彼はもう 涼しげな 襟もとを すりぬける

情景描写から入るのも大人っぽさを感じますが、「彼」という三人称自体がスピッツには珍しい上に、状況もよく分からない。
ここ、ずっと「風はもう」だと思ってて、それならすんなり意味は通るんだけど、ってことは彼は風なのかしら。

日に焼けた 鎖骨からこぼれた そのパワーで
変わらずにいられると 信じてた

キツネみたい 君の目は強くて
彼方の 記憶さえ 楽しそうに つき刺してた

日に焼けた鎖骨やキツネみたいな目というフェチっぽい描写から、「変わらずに」「彼方の記憶」といった時間の流れの無常を見出すところもセンチメンタルで好き。

またひとつ夏が終わる 音もたてずに
暑すぎた夏が終わる 音もたてずに
深く潜ってたのに

「音もたてずに」から滲み出る無常感と夏を惜しむ気持ちが凄くわかりみ。
風みたいな彼とか、時の流れとかから、なんとなく死のイメージ......これまでのスピッツの曲にあったようなものともちょっと違う、言ってみればお盆に死者が帰ってくるみたいな印象の......が感じられます。
夏って始まりの7月ごろはただテンションが上がるだけだけど、お盆を過ぎたあたりからどこか神妙というか、厳かな感じが混ざってくるような気がして、その雰囲気がこの曲にはあると思ってます。




3.裸のままで

後にシングルカットされた曲ですが、それも納得のポップ路線全振りな曲っすね。
ホーンとかオルガンの音がガッツリ入っててリズムは速めでファンクな感じっすね。最近のオシャレなファンクじゃなくてちょっとダサい感じの......。ファンク歌謡みたいな。
リズム隊もチャキチャキしててカッコいいしギターもたぶんこれワウワウですよね?もきゅもきゅしててカッコいいんだけど、ホーンが前面に出過ぎててバンドサウンドがいまいち聴き取りづらいのが残念。
でも、個人的にはこの曲は地味に好き枠なんですよね。
やっぱメロディがいいっすよね。サビの「流れ出す」のとこのメロディとかグッときますもんね。
あと、歌い方も情感たっぷりというか、ポップスターを演じてるようなカッコつけ方をしてて面白いです。「そして時は〜」のところの破裂音の感じとか、カッコつけてる。あと大サビの「君を愛してる」の熱唱もこれまでのスピッツにはなかったですよね。
そういう色々な面で攻めてる一曲です。

歌詞の方もそれは同じで、それこそ「君を愛してる」というストレートなJ POPしぐさをしてみたり、全体にもワケワカランところは維持しつつも外向きな感じは強いです。

ひとりの夜くちびる噛んで 氷の部屋を飛び出したのさ
人は誰もが寂しがりやのサルだって 今わかったよ

氷の部屋ってのが例えば「ニノウデの世界」の「2人で鍵かけた小さな世界」みたいな妄想世界のことだとすれば、妄想に浸るより本能のままに生きよう!みたいな今までのスピッツにはあるまじき宣言のようで面白いです。
売れ線へ向かうことを「レールの上で」などとやや自虐的に言いながらも、

そして時は ゆっくり流れ出す
二人ここにいる 裸のままで

と、レールに乗ることが時間を動かすこと、つまり生きることだとやけに大人な態度を取ってます。
私も若い頃はミスチルとかバカにしてたけど最近ミスチルが刺さったりするからおっさんになったなぁ、と思いますね。そんなおっさんになってから聴くとまた沁みるよね。




4.君が思い出になる前に

怒涛のシングル2連発。
こっちはシンプルなサウンドの心地よいバラード。
ギターの音がしゃら〜んってしてて綺麗......と思って調べたらシタールなんですね。ビートルズのインドっぽい曲で使われてるのは知ってたけど、この曲別にインド感ないので気づきませんでした......。
美しいイントロから、抑えめのAメロ、Bメロ終わりからじわじわと上がってきてエモいサビと、これは売れるでしょっていう曲で、実際この曲で初のオリコン入りを果たしているらしいです。
子供の頃は車の中でサイクルヒットで聴いててこの曲あたりになるといつも寝てましたね。気持ち良すぎて。
あと間奏のギターソロがめっちゃ好きだし、サビ前のドラムのフィルのドドンってとこもめっちゃ好き。

歌詞はこれもこの時期には珍しく映像的なものになっています。
松本隆とかの歌謡曲の、歌詞から一本の映画が撮れそうな感じの。まぁ草野先生も松本隆のトリビュートにも参加してたくらいだから、シュールな現代詩みたいな志向とは別にこういうチャンネルも持ってたってことですよね。
とはいえ、聴きようによっては死別を暗喩を用いて描いているように聴こえるというかファン的にはそうとしか聴こえないところもあるのはさすが。

あの日もここで はみ出しそうな 君の笑顔を見た
水の色も風のにおいも 変わったね
明日の朝 僕は船に乗り 離ればなれになる
夢に見た君との旅路は かなわない

「あの日」という過去と「明日の朝」という未来を最初に提示して現在の僕の状況を描くのがテクニックですね。
僕が船に乗って離れ離れにってのは、「木綿のハンカチーフ」みたいな感じにも読めますが、スピッツのことだからどうせ死別のことだと思うんですよね(酷い言い草だ)。
そうなると、普通は船に乗る方が死んでそうだけど、この場合は多分僕だけが船に乗って人生の先へと進んでいくみたいなニュアンスでやっぱり君が死んでるんだと思います。

忘れないで 二人重ねた日々は
この世に生きた意味を 越えていたことを

やっぱ、ここの不穏さが死別感よね。

あとは、

君の耳と鼻の形が 愛しい

っていう変態さすら感じさせる細かい描写から切なさを捻り出してるのがさすが。
いつもここで泣いちゃいますよね。




5.ドルフィン・ラブ

さぁさぁやってきましたよ!みたいな、いかにも仰々しいイントロがダサくもテンション上がります。
「裸のままで」から間に一曲挟んで再びファンキー路線。
細かいカッティングのギターにぶいぶいとグルーヴィーなベース、ホーン隊も「裸のままで」ほどぐいぐい出て来ずにちょうどよくバンドのサウンドを引き立てていて、バンド感も残ってんのがカッコいいっすね。
あとサビの終わりのファルセット全開の歌い方もこの時期にはまだ珍しい感じがします。ル〜ララの先駆け的な。

歌詞はまた情けない感じの失恋ソング?やけに能天気な感じなのが逆に気持ち悪いです。

イルカの君は 僕に冷たい

「君はイルカのよう」とかではなくてもう「イルカの君」って言い切ってしまうことによって、比喩なんだろうけど比喩じゃなくてガチでイルカに恋してるみたいなタブー感のようなものが出てる気がします。

朝もやに溶け出す 三日月追いかける

群れから離れたら 化石を集めよう

イルカの君は云々のところはちょっと軽いというかアホくさい感じがありますが、サビのこの辺のフレーズは詩的。
消えていく三日月を追いかけたり、忘れられた化石を集めたりするあたりにモテない感じが出てて可愛いです。
「別れたその日の恋だから」というところに加えて朝もやというワードが出てくると一夜限りの恋ってことかな、と思ってしまいますよね。
そうなると泳ぐってのはえっちな意味だと思うので、

傷痕も気にせずにさ 自由に泳げたらいいな

ってのはなかなか切ないですね。




6夢じゃない

これはリリースから4年後にドラマの主題歌になってシングルカットされた曲です。だからサイクルヒットでは白盤の一曲目に入ってて、サイクルヒットからスピッツに入った身としては未だに「裸のままで」や「君が思い出に」と一緒にこのアルバムに入ってることに微かな違和感を覚えます。
この曲も青盤を先に聴いてから白盤を入れて、もう1時間くらい聴いてるから疲れて寝ちゃうあたり、というイメージ。思い返してみるとスピッツのバラード系の曲だいたい寝てるな小学生の私......。

これも歌メロをちょっと変えた感じのメロディアスなイントロで、イントロがメロディアスなら当然歌も美メロで、スピッツのパブリックイメージに近そうなミドルバラードなので、なんで最初からこっちをシングルにしなかったのかが不思議です。「裸のままで」じゃなくて......。
サビのコーラスとか、チェンバロかなんかの間奏とかCメロのシンセ(?)と高いベースでグッと引き込むところとか、ポップソングとしてのクオリティが高すぎて普通にもっと後の曲かと思っちゃう。

歌詞はシンプルながらもスピッツらしい世界観満点なものです。

暖かい場所を探し泳いでた
最後の離島で
君を見つめていた

この冒頭のフレーズからして、さらっと聴き流せちゃうけどすげえ良いっすよね。
離島ってのがロビンソンでいう「2人だけの国」みたいなことだと思います。何度も恋をする中で最後に出会ったのが君だった、というような意味合いかな、と。

夢じゃない 弧りじゃない 君がそばにいる限り
いびつな力で 守りたい どこまでも

このサビの歌詞が結婚してからより染みるようになってしまいましたね。
「いびつな力」という捻くれた言い回しがマサムネ節だし、他を隔絶するような「離島」でってとこも歪んでる感じはしつつも、しかしストレートに愛情を感じるフレーズで素敵。
マサムネ節といえば、

汚れない獣には 戻れない世界でも

というところも。
スピッツの歌詞では一貫して獣というのが汚れない存在で、人が汚いみたいな世界観があると思いますが、その中でも近作の例えば「コメット」の「恋するついでに人になった」とか、「あかさたな」の「人間になったベムのフィーリング」みたいに人になることへの肯定的な眼差しが生まれてきてる気がします。
この曲はまだそこまではいってなくて、人になることで汚れてしまうという罪悪感のようなものも感じさせます。しかしともあれ獣には戻れないけど、「でも」、夢じゃない孤りじゃない、、、ってことなんですよね。
この辺、結婚というものへの畏怖とかと喜びとが両方感じられて、結婚式で流したいスピッツソングベスト2位くらいな気がします(1位はスピカ)(結婚式やってないけど)。




7.君だけを

「夢じゃない」がシングルカットされた時に、カップリングにこの曲が抜擢されたらしいです。どっちもバラードじゃんという感じはしつつ、これもシングル級の名曲なので納得。

重たいバンドサウンドの短いイントロから、静かに始まり、サビに向けてだんだん盛り上がっていくベタな構成でストレートに泣かせてきます。
1周目のA→Bは大人しく、2周目では「かびくさい〜」のところとかでちょっとオカズを与えて焦らしておいてからのエモすぎるサビの爆発力ですよね。「ううう〜ずっと〜〜」のところとか、私には想像の中ですら歌えないし、最後の大サビに至ってはもう......って感じ。スピッツのメロディ、想像でも歌えないのよね。なのにカラオケでオクターブ下げとかで歌ってしまうので不敬。

王道のJ POP感に寄せたバラードでありつつ、歌詞は結構ヤバそうだったりもします。
「君だけを」というフレーズだけ見ると爽やかラブソングだけど、「いつか出会える時まで」ってまだ出会ってもないんかーい!みたいな、閉じた妄想の世界。

街は夜に包まれ行きかう人魂の中
大人になった哀しみを見失いそうで怖い
砕かれていく僕らは

歌い出し、てっきり「行きかう人ゴミの中」とかだと思ってたんだけど、人魂だったんですね。
人魂が見える純真な心と日々の暮らしの中で砕かれていく「大人」であることとの葛藤についてだと解釈してて、けっこう分かりみがあるなぁと思います。すごくありきたりの言い方をすれば本音と建前とか理想と現実とかのギャップっすよね。

一人いつもの道を歩く 目を閉じて一人
不器用な手で組み立てる 汚れたままのかけらで


一人からはじまって一人で終わるセンテンスの一人で完結してる感じがすごい。
汚れたままのかけら、汚れたというのが大人になって汚れたということなら、世俗に塗れてそれでも未だ見ぬ君を思うという切実さに胸を打たれます。
単なる恋の歌というよりは、売れようとすることで失ってしまう何かや、それでも売れたいというこの時のスピッツの心情も込められているのではないかと勝手に想像してしまいます。



8.タイムトラベラー

適当なイメージだけど、ユーミン(それも松任谷由実じゃなくて荒井由実)にありそうな雰囲気の曲。というか、ママってワードからルージュの伝言を連想しただけかも。安直。
明るめだけど夕暮れみたいな切なさも纏ったイントロのアルペジオのリフがとても印象的。リズム隊も軽快な感じで好き。ちょっと「ヒア・カムズ・ザ・サン」っぽいメロディですね(スピッツだと後の「優しくなりたいな」もヒアカムですね)。
サビの「さぁ」の後の「僕が生まれる前の〜」とかのメロディがだんだん登ってってるのが、さぁ!感を強調してていいと思います。
学生時代によく帰り道で聴いてて、通学路の住宅街の生活感ある風景にマッチしてたので、けっこう偏愛枠でしたね。

歌詞はストーリー性が高く映画みたいだけど解釈の幅はめちゃくちゃあるみたいな感じ。

うす暗い屋根裏で 見つけたその扉
ほほえむ静かに 埃をはらったら すぐに
誰だかわかるはず

その扉というのはたぶんアルバムか何かでしょうね。母親の若い頃の写真を見て物思いに耽る......みたいな感じ。
「屋根裏」「扉」「鳥居」というワードが、『千と千尋』の橋みたいに私たちを異界へと誘います。
スピッツには珍しく僕でも君でもない「ママ」という第三者が主役的な立ち位置にいるお話です。

さあ 僕が産まれる前の
さあ 君と似ていたママに 答えをきくために

冷たい風になり 背中にキスしたら
震えて笑った 君のことを誰よりも 大事に思ってた


解釈が難しいのはここんとこの、「君と似ていたママ」の意味と、「大事に思ってた」と過去形になっているところですかね。

君と似ていたママってのは、ママに似た君を好きになってしまうというマザコン説と、君とママが本当に血縁関係にあったという近親相姦説が有力でしょうか。
まぁスピッツのことだから後者っぽい気がするし、若い頃なら私もそっちに飛びついてたと思うんですけど、今はもうそんな刺激的なのはちょっと胃もたれしちゃうんで、もうちょい穏当に解釈してみます。

幼い頃に母親を亡くした主人公は思い出の中の母に似た「君」と恋に落ちるんだけど
僕のダメさに君は愛想を尽かして去ってしまって僕は鳥居を抜けて君に似ていたママに会いに行く......みたいな、アレ、どっかで聞いたことあるような話だけど......俺の2021年じゃん......。
みたいに、エグくてヤバい解釈も出来つつ自分を投影した解釈も出来るのがスピッツの良さですよねと強引に締めます。

あ、余談だけど、アジカンにも「タイムトラベラー」って曲があって、これは歌詞でちょっとスピッツを意識してるらしいです。




9.多摩川

勝手にお葬式の歌って呼んでるんだけど、暗い曲っすね。陰気。
歌詞が暗い曲はスピッツに多いけど、曲自体がここまで陰気で辛気臭いのは唯一無二な気がします。
螢火のようにぼんやりと響くアルペジオギターのサウンドが底なしの寂しさを演出していて、「たま」の曲に近い聴き心地があります(たま川だけに)。
それでもサビでメロディがちょっとだけ明るくなったり、2番からバンドが入ってきて少し陰気さが和らぐことでなんとか聴けますね。ドラムのシャラーンって音が慰霊感を出してて良い。
あとこの戦時中か恋人を喪った苦学生みたいな暗い歌を草野マサムネの澄んで幼さの残る声で歌ってることで、浮世離れした幻想みを強めているように思います。

歌詞は短かすぎていかようにも受け取れますが、『君だけを』に出てきた「大人になった悲しみ」の延長線上にある感じもします。

風の旅人に 憧れた心よ
水面の妖精は 遠い日々の幻

風の旅人や水面の妖精といったファンタジー的なものを川に流し去ってしまい、「売れたい」という身も蓋もない現実へと向かっていく、初期スピッツへの葬送曲のようにも聴けると思います。




10.黒い翼

たぶんだけど、これ(後期の)ビートルズですよね。
入りの部分とかの壮大なストリングスはロング・アンド・ワインディング・ロードとかっぽさがあるし、Aメロの途中の短いフレーズのインドっぽさとか。
あとこじつけ臭いけど、最後の合唱はハモってはいないけどコーラスグループでもあるビートルズを思わせるし、タイトルもちょっとブラックバードっぽい。

この時点でのスピッツで最も壮大な曲なんじゃないかなってくらいなんですけど、かといって同じ壮大でもミスチルみたいな力強さもなくてなんか微妙......。正直スピッツの曲をランク付けするなら最下層にくる気はします。もちろん、大前提として好きではあるんですけどね。

黒い翼で もっと気高く
無限の空へ 落ちてゆけ

歌詞もスピッツにしては仰々しく、「気高く」とか「ゆけ」とか強い言葉が使われています。
一方で、飛ぶんじゃなくて「落ちて」だし、「黒い翼」ってのは(ゴミ捨て場とかも出てくるから)カラスっぽいしで「いざゆけ若鷹軍団」みたいにはならないのがやっぱりスピッツなんですけどね。
除け者で嫌われ者で孤独なカラスが孤高を気取って強がっているような、たしかに気高いんだけどある種痛々しさもあるような感じ。これでアルバムが終わるのがどこまでも売れなそうで悲しくなってしまいます(とか言ってるともうすぐ売れるんですけど)