偽物の映画館

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スピッツ『空の飛び方』今更感想

スピッツ全曲感想シリーズ、今回はこちら。

空の飛び方

空の飛び方

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おそらく葛藤の最中にあって軽快な曲でさえも全体に何か暗さや苦しさのようなものを感じさせた前作『Crispy!』から一皮剥けて、軽やかだけど変な安っぽさはない説得力あるサウンドになってる......気がします。
演奏の上手い下手とかはあんまよくわからないのですが、単純に録音やマスタリングの技術が向上したのか前作までより格段に音質が良くなってます。
インディーロックからJ POPへと羽ばたいたようなイメージ。

そして、マサムネのボーカルも前作は頑張って表現の幅を広げようとしてる感じだったのが、今回はもうちょい自然体だけど声そのものがポップみたいな、これまた説得力を増しています。

口当たりのいい曲が多いせいか、全体にちょっと緊張感が弱くたらっとした感じに聴こえてしまうきらいはあると思います。
ただ、ラスト2曲が全体を引き締めるド名曲なのでこれが聴けるだけでもおつりが来るってもんですよね。サンシャイン最高。

個人的にはこのアルバムは中3の時に聴いてて、後述するとある曲を塾で聴いて受験勉強のプレッシャーを慰めてもらったり(いや塾では勉強しろ)、友達の家で徹夜麻雀した時に聴いた覚えがあったり(いや受験生は徹夜麻雀せず勉強しろ)、意外と思い出深いアルバムだったことを改めて聴いて思い出しました。

それでは以下各曲の感想。




1.たまご

「たまご」というタイトルの通り、新生スピッツとこのアルバムの始まりを同時に告げるような軽やかな、それでいてもちろん毒もあるナンバー。

ドラムのフィルとベースのぶぅーんっていう唸りの短いイントロで一気に引き込み、ポップで可愛いサビ始まりの歌い出しで掴みます。
前作の一曲目の「クリスピー」も軽快でポップなところは同じだけど、フックの強さはダンチな気がします。
かと思えばAメロは不穏でエロい雰囲気を出してきたり、可愛いけど毒があるというスピッツらしさを極めた感があります。
あと、可愛い感じの曲だけど間奏がハードロックなのもいつものことではあるけどかっこいい!

歌詞はまたド直球にエロげな感じがして、ここまで来ると逆にエロくないんじゃないか?エロいと思う俺が汚れてるんじゃないか?という気にさせられます。

バナナ、ピンボール、ピストル、テキーラ、マシンといった男性器や射精を思わせるカタカナ語が並んでいて勇ましい感じ。
でも「下手な」ピンボールだし「死にかけた」マシンなんですよね。
イキがった感じのワードチョイスだけど、それとは裏腹の自信のなさや性への畏怖もあるんですね。

「からめた小指」のかわいらしさや、「ヒヨコ」という現実を認識してなさそうなボカし方からして、あまりよく分かってないままにやっちゃった少年みたいなイメージがあります。

はじめて感じた宇宙・タマシイの事実
たまごの中には いつか生まれ出すヒヨコ
君と僕のよくある…

ここに至って、ただのエロではなく、性から生命の神秘の一端に触れるようなシリアスさも出てきます。
そして、末尾の「よくある...」というボカしが余韻となって次の曲へ導くとともに、特別なものだと思ってたセックスってやつもやってみると陳腐なことだったみたいな感慨とか、でもそのよくあることが愛おしいみたいな感じもあって良いんですよね。お洒落な終わり方です。




2.スパイダー

後にシングルカットされた、御三家を除けばスピッツの代表曲と言ってもよさそうな人気曲っすね。もちろん私も好きです。
やや濃い味つけの一曲目の後でさっぱりしたサウンドの、でも歌詞はよりヤバそう、みたいな二曲目。
仮タイトルは「速い曲」だったらしく、軽やかで爽快感のあるアコギのリフのイントロが最高っすね。
「よごっされってゆく〜」のとこからサビへと導くドラムとベースは何回聴いてもゾクゾクします。
サビではイントロでアコギが弾いてたリフをエレキが引き継ぐことで、戻ってきた感じを出しつつより盛り上がります。
あと、「とっておき」の歌い方が可愛い!

歌詞に関しては某ゲス不倫野郎がテレビで言ってた「金持ちのおじさんと付き合ってる君のストーカー」説がいい解釈だと思うのでそんなに付け加えることもないですけど......。

洗いたてのブラウスが今 筋書き通りに汚されて行く

で、ブラウスを汚してるのはたぶん僕じゃなくて「ちょっと老いぼれてるピアノ」氏なんですよね。
そうなると、

だからもっと遠くまで君を奪って逃げる
ラララ 千の夜を飛び越えて走り続ける

ってのは、可愛い君が汚されてるのを妄想しながら自慰に耽ってる感じがしてめちゃくちゃ気持ち悪いですね。
いや、せめて物理的に奪っててほしい!とも思うけど、スピッツの歌詞にそこまでの甲斐性はないでしょ。ぜったいオナニーの歌よこれ!




3.空も飛べるはず

言わずと知れたスピッツ御三家の一角。
私が産まれた1994年にリリースされた同級生な曲で、リリースの2年後に「白線流し」の主題歌になったことでリバイバルヒットしてスピッツブームに貢献した代表曲の中の代表曲。

......なんだけど、個人的には全然好きじゃないんですよね。
いや、もちろんスピッツの曲だから無条件に好きなんですけど、スピッツの曲の中では最下層......みたいな。
なんでだろ、なんかこう、サウンドやメロディが呑気な感じがしてあんまり格好良く思えないんですよね。眠たくなるっていうか。
とはいえシンプルなバンドサウンドがやっぱ心地いいし、間奏が意外とかっこいいのもツボですけどね。

そんで、それはそれとして、この曲はスピッツにとって、というか草野マサムネにとってターニングポイント的な一曲なんじゃないかと思ってて、そういう特別な意味のある曲としてエモさは感じます。
というのも、この曲のデモバージョンである「めざめ」という曲がシングルコレクションに入ってるんですけど、そこから実際にリリースされたこの曲への変更点がなんか「売れようとしてる」って感じなんですよね。
「めざめ」の歌詞は

君と出会えた痛みが この胸に溢れてる

だったのに対し、「空も飛べるはず」は

君と出会った奇跡が この胸に溢れてる

「痛み」の方が(昔の)スピッツっぽいんだけど、そこであえて「奇跡」というダサいワードチョイスに変えちゃってるところに、売れることへの執着や覚悟を感じます。
他に、「懐かしい歌」→「おどけた歌」、「やがて着替えた季節が僕たちを包んだら」→「ゴミできらめく世界が僕たちを拒んでも」という部分が「めざめ」→「空も飛べるはず」で変更されてます。
「懐かしい」「痛み」「着替えた季節」というワードはどれも喪失の匂いを強く放っていますが、そういうスピッツ臭さが消臭されて聴きやすくなってますね、
結果として、この「空も飛べるはず」は童貞として燻ってたけど奇跡みたいに価値観の合う相手と出会って結婚までしてしまった私にもピッタリな歌だなとあらためて聞いて思いました💕




5.恋は夕暮れ

いやもうホント立て続けに言いたくないけど、スピッツの曲の中ではそんなに(ry

でも夕暮れの歌なんだけど、寂しさも少し感じさせつつ、寂寥感よりも金色に輝く夕焼けの美しさに素直に感動するような明るさと温かさのあるサウンドで、改めて聴くとめちゃくちゃ良いなと思いました。
子供の頃の日曜日に家族で遊びに行って、帰りの車の中で夕日の眩しさに心地の良い眠りに誘われる時のような雰囲気とでも言いましょうか。
ホーンが前面に出てきてピアノとかも入ってるけどちゃんとバンドサウンドでもあって間奏とかではギターも主張してきたりしてカッコいいです。
あと、サビの「蝶々になるぅ〜uh〜」のuh〜のとこのちょっと掠れたハイトーンボイスが最高やね。

歌詞では「恋はほにゃほにゃ」という形式を繰り返して恋の比喩を書き連ねるスタイルがスピッツには新鮮。

恋は昨日よりも 美しい夕暮れ
恋は届かない 悲しきテレパシー
恋は待ちきれず 咲き急ぐ桜
恋は焼きついて 離れない瞳
恋は迷わずに 飲む不幸の薬
恋はささやかな 悪魔への祈り

恋する気持ちをストレートに分かりやすく表現してて、この頃には珍しく共感しやすい系の歌詞っすよね。
恋の楽しさ美しさ煌めきから切なさ苦しさ身勝手さまで、ポジからネガまで恋の全てが詰まった素晴らしき恋のアフォリズムです。もちろんスピッツらしい情けなさもあるのが可愛い。
特に好きなのは「恋は迷わずに飲む不幸の薬」ですかね。




6.不死身のビーナス

打って変わってこの曲はもう大好きですね。Sランクとまでは言わないけどAランクくらいの好き度。
確か元々はそんなに気にしてなかったんだけど、初めてか2回目くらいに行ったライブでやってくれてめちゃブチ上がって「こんないい曲だったんだ」と思って以来の付き合いです。ライブでは最後の「ネズミの街」を「名古屋の街」みたいに地名にしてくれる枠の曲でもありますね。
イントロからしてちょっとぼわんと歪んだエレキギターの音でテンションMAX!「そんなに......」な曲が続いた後なのでラーメン屋に並んで待ってやっと食べる時みたいなブチ上がり方です。
あと2Aのポクポクっていう木魚みたいな音が好きです。

歌詞はストレートめなラブソング。と言っても状況はよく分からず余白も広いです。
ハタから見れば滑稽なくらいの、でも本人にはかけがえのない恋を駆け抜けるようなエモい失恋ソングです。
変な言い方ですが、恋が終わる時の高揚感がリアルに表れてると思います。なんか、失恋した後は引きずるけど、失恋する瞬間ってある種恋が叶った瞬間と同じくらいテンション上がるんですよね私。そのイメージ。

二人で取り出そう 恥ずかしい物語を
ひたすら背中たたかれて バカな幸せ

おもちゃの指輪もはずさない

というあたりから、仕事はないけど同棲しちゃいましたみたいなノーフューチャー感が漂います。

疲れた目と目でいっぱい混ぜ合って
矢印通りに 本気で抱き合って
さよなら飲みほそう 生ぬるい缶ビールを
あくびが終わる勢いでドアを蹴飛ばす

ってとこの性的な気怠さとかもノーフューチャー感。
なんとなく寂しさから色んな男に抱かれる女と、体だけの関係なのに本気になってしまった男みたいなイメージで聴いてます。
「いつでも傷だらけ」「悲しい噂」「さびしい目で遠くを見てた」あたりから、"不死身のビーナス"の姿が浮かび上がってくるようです。
そして、曲の最後の「明日も風まかせ」というのが投げやりな餞別の言葉のようにも聞こえてエモいです。




7.ラズベリー

続けざまにテンションぶち上がるロックでポップなナンバー。
インパクトのあるギターリフと、それに負けないうねうねしたベースから始まって、うお〜っ!ってなります。
跳ねる感じのAメロから流れる感じのBメロに行って、跳ねながら流れるようなサビが気持ちいい。そして、シンプルなドラムのリズムが曲を牽引していきます。
ギターソロも歌えるキャッチーさと綺麗な音色が最高。特にランク付けとかしてないけどスピッツのギターソロの中でも好き度上位に入りそう。
ソロだけじゃなく、メロの部分ではフィンガーノイズ入りのアルペジオ、サビはカッティングとギターがけっこう遊んでる感じで好きです。

サビの終わりの結構高いメロディを地声で行くところの声の可愛さが変態的な歌詞と混ざり合うとかなり気持ち悪かったりします。

そう、歌詞はド変態なんすよね。いつものことだけど、それにしても。

泥まみれの 汗まみれの 短いスカートが
未開の地平まで僕を戻す

歌い出しのこのワンフレーズだけで既にめちゃエロいですもんね。
この変に汁気のある描写やスカートというワードから「惑星のかけら」なんかも連想しちゃいます。
「あきらめてた歓びがもう目の前急いでよ」「どんなに傷付いてもいいから」「しょいこんでる間違いならうすうす気づいてる」あたりの、「いや、諦めて!」と言いたくなる暴走感がキモい。間違いに気づくくらいの冷静さはあるのが怖い。
全体に、妄想にしては生々しいエロさがありつつストーカーっぽいキモさも漂っていて、体だけの関係の相手、もしくはそういうお店の女の子みたいなイメージです。
あと、「君の前で僕はこぼれそうさ」というかなり汚い表現がありますが、「中で」じゃなくて「前で」なのが、本番NGみたな感じでまた切ない気がします。気のせいかもしれんけど。



8.ヘチマの花

騒々しい2曲が終わり、事後の余韻のように静かで気怠く心地よいこの曲。
昔の歌謡曲みたいな(詳しくないからいつとかは分からんけど)ムーディーな雰囲気で、なんとサビでは女性ボーカルとガッツリとデュエットしてるなかなかレアキャラな曲でもあります。
女性ボーカルは寺本りえ子さんという方。調べてみると『惑星のかけら』アルバムの「僕の天使マリ」「オーバードライブ」「リコシェ号」でもコーラスで参加されてました。聴き返してみるとたしかにこの綺麗な声が入ってました......。草野の声が高いから自分でやってんのかと思ってた......失礼しました。
寺本さんの完成された美しい歌声と草野のあどけなさの残る声とのギャップが妙な色気を出してますね。
子供の頃はそんなに好きじゃなかったけど、最近なんかめちゃくちゃ沁みて一気に好きになった曲ですね。

歌詞もなんか歌謡曲っぽいような甘さと儚さが感じられて、よく分かんないけどなんか良いです。
一応、前の曲がセックスの歌なのと、わざわざ男女でデュエットして歌詞にもしきりと「二人」って出てくることから子供ができちゃった歌なのかな、なんて想像してしまいます。
しかしスピッツの歌詞というのは僕から君への(成就した恋であっても)独りよがりな恋を歌ったものが多く、主語が「二人」なのは異色中の異色。
それでも「悲しいことなど忘れそうになる」「咲かせる日までさよなら言わない」など、悲しいことはあるし咲いたらさよならかもしれないみたいな不穏さが常にあるのはスピッツらしいです。

深くミルク色に煙る街を裸足で歩いている
いつの時も二人で

霧の中を裸足で歩くという先行きへの不安しか感じさせない、それでも二人でっていう『卒業』とか『小さな恋のメロディ』っぽさが好きです。




9.ベビーフェイス

前曲のしっとりした雰囲気を引き継ぎつつもポジディブな音やメロディで、アルバムの後ろから3番目で、この後クライマックスとエンドロールが待ってるぜみたいな立ち位置の繋ぎっぽい曲。
いや繋ぎっていうと言い方悪いけど、アルバム全体のネガティブさもありつつちょっと前より明るくなってきたくらいの雰囲気が凝縮された曲な気もします。
そんなに好きってわけでもない気がしてましたが、中3の時に受験の不安をこの曲の温かみのあるメロディとサウンドに癒してもらっていたことを思い出してそういえば好きだったわと気付きました。
ラスサビ前の「へーい!」の弱々しさが最高。初期のビートルズくらいアウトロが短いのもいいですね。

そして歌詞はこれも結構異色作かもですね。
なんか、どう読んでもネガティブには受け取れない、前向きな応援ソングなんですよね。といっても「星になったあいつも」でちゃんと人は死んでますけど(ちゃんととは)。視点が二人称的なのもほとんどの曲で「僕(俺)」が主人公のスピッツには珍しいです。
誰か大切な人を喪った人へ向けての励ましの歌、という感じですね。
私のイメージだと、男の友達が亡くなって、その友達の彼女を励ましてる歌、というのが一番しっくりきます。
尤も「星になった」云々のところがなければ普通の応援ソングにも聴こえるので、実際私も受験の時によく聴いてたしなんか頑張らなきゃいけない時におすすめですね。

華やかなパレードが 遠くなる日には
ありのままの世界に包まれるだろう

隠し事のすべてに声を与えたら
ざらついた優しさに気づくはずだよ

という1番と2番の各Aメロの歌詞が、掴みきれないけどなんとなく分かる感じで好きです。
悲しみや辛さで好きなことをしても楽しくない......みたいな状態を「華やかなパレードが遠くなる」と表現するのは言い得て妙でしかないし、それが「ありのままの世界」ってのも納得。
「愚かになれもっと」で終わるのも、細かいストレスが積み重なってうだうだ悩んでしまいがちな現代に合っていてなおかつ草野語らしいエールの送り方で素敵です。
 



10.青い車

これはもうド名曲ですよ。
イントロからしてもう非の打ち所がないというかワクワクしかしない。
リバースみたいな音からの爽やかなギターと唸るベースと軽快なドラム。
この曲に関しては、特にドラムがめちゃくちゃ好きなんですよね。基本的には同じフレーズを繰り返しながら歌がワンフレーズ終わるごとに一瞬ずつ鋭利なシンバルの音がぶっ刺さってくるのが最高。イっちゃう。
爽やかでキラキラしたサウンドなんだけど、その中にどこか不穏さや儚さを感じさせるのはThe CureのIn Between Daysとかを彷彿とさせます。
この曲もアウトロが変に引き伸ばされずあっさり終わるところに、夏の終わりみたいな切なさもあって良いです。

歌詞は巷では無理心中の歌という説が有力ですが、それはそれでどうも釈然としない感じもするんですよね。
なので今回は死ぬんじゃなくて生きる方向で解釈してます。
というのも、やっぱり

生きるということは 木々も水も火も
同じことだと気付いたよ

っていう、ここが1番引っかかるんですよね。他の部分はダブルミーニング的に爽やかにも怖くも読めるかもしれんけど、このフレーズを生きる意志以外に解釈するのはこじつけになる気がするんですよね。
名探偵コナンとかでよくある、「今から自殺しようという人がこんなことを言うでしょうか?」っていう感覚ですよね。

そう考えると、歌詞全体に少なくとも生きていこうとする意志が感じられる気がします。
「冷えた僕の手が」と言っているので、少なくとも歌の初めの段階では僕は人生に対して醒めている感じはします。
しかし、そんな冷えた僕が温かな君の首筋に噛み付くことで弾け(=吹っ切れ)て、現実逃避のための、しかし死ぬためではない海へのドライブに向かう......みたいなイメージです。
実はこの解釈、1st AL『スピッツ』収録の「死神の岬へ」と筋立てとしてはほぼ同じで、個人的にはこの曲は「死神の岬へ」のリメイクだと思っています。
また、「君の」青い車でという受け身な部分は「鳥になって」も連想させます。

愛で汚された ちゃちな飾りほど
美しく見える光

つまらない 宝物を眺めよう
偽物のかけらにキスしよう

このへんの表現は方向は完全にポジティブだけどネガティブだった頃の後遺症を抱えているみたいな捻くれ方があって好きです。
しかし2サビが終わったあとの、

潮のにおいがしみこんだ
真夏の風を吸いこめば
心の落描きも踊り出すかもね

というところに来て、「冷えた」「飽きた」「恐れ」「汚された」「偽物」といったこれまで散りばめられていたネガワードが一掃され、混じり気なしに前を向く覚悟を決めた感じがして凄いです。
「今変わっていくよ」というのは、「君と出会えた痛み」を「君と出会った奇跡」に変えるような意味での変わるなんだろうと思うし、実際次作の『ハチミツ』には「愛のことば」のようなより大きく普遍的なテーマが描かれた曲も入ってたりするし、このアルバムあたりが草野マサムネの歌詞の書き方のひとつのターニングポイントなんじゃないかと思います。




11.サンシャイン

このアルバム、結構明るい曲や前向きな曲も入ってて売れない不人気バンドから飛び立とうという意志を感じさせますが、最後の最後にこの暗い重い曲っていうのがある意味期待を裏切りませんね。
しかし私はこの曲本当に大好きなんです。
スピッツで好きな曲ベスト3は?と言われたらその時の気分によって答えが変わりますが、スピッツの三大エモ名曲というくくりなら、私の中で「プール」「アパート」そしてこの「サンシャイン」と決まっています。

イントロからして物悲しくもキャッチーなメロディを奏でるリードギターとバックでカッティングしてるギター、ちょっとだけ反響してるようなドラムにちょっと昭和レトロな都会の冷たさを感じさせます。これも歌謡曲っぽさというか。
もちろん、歌のメロディそのものもキャッチーで、サビの「白い」のとこの高音とか美しすぎます。
ベースはあまり激しく動き回らず縁の下を支えているような感じだけど、Bメロでだんだん上がって行ってサビではちょっと上下動が激しくなる感じもエモくて好きです。
サビのエレピ(?)の音色も絶妙に寒さと儚さに寄与していて静かだけど印象的。
そしてアウトロがめちゃくちゃ良いんですよね。草野にしてはかなりしつこく「サンシャイン〜うぅ〜」と歌い続けながらのフェードアウトに切実さを感じ、そこにエレピとコーラスがそれをさらに強調しています。

歌詞は君が都会へ出て行って僕(という一人称は出てこないけど)がそれを見送るという分かりやすいストーリー仕立てになっているのがこれまた歌謡曲感。
とはいえ痒い所に手が届くような比喩表現の巧さはさすがで、単純に物語を語るだけの歌詞にはなっていません。

困らせたのは 君のこと
なぜかまぶしく思えてさ

一言目のこのフレーズだけでもう2人の関係性を想像させちゃうのがすごいですね。
僕は君に対してぼんやりとした恋心のようなものを抱いてるんだけどそれはそこまではっきりした形にはなっていなくて、「まぶしい」というのにはそういう憧れと共に少しの劣等感も感じられるような気がします。
サビまで見ていくと、白い道の手前で田舎(?)に留まらざるを得ない僕と、都会へと旅立っていく君との対比の構図にもこの劣等感が感じられたり。

また、1番のBメロの

すりガラスの窓を あけた時に
よみがえる埃の粒たちを 動かずに見ていたい

と、2Bの

許された季節が終わる前に
散らばる思い出を はじめから残さず組み立てたい

で、冬の澄んだ空気の中に舞い上がるキラキラとした埃と、君と過ごした夏の思い出が組み立っていく様がオーバーラップしているように思います。
「許された季節」ってのはめちゃスピッツ印のワードで好きですね。君を好きでいることすら「許され」ないといけないっていう感覚が分かりみisあるよね。

サンシャイン 白い道はどこまでも続くよ
サンシャイン 寒い都会に降りても
変わらず夏の花のままでいて

そもそも「サンシャイン」というタイトルの曲でこうやって冬にあって夏の花を想う暗〜い曲を書いちゃうのが当時の草野節ですが、これが10年後くらいには「君は太陽」なんて曲を書くんだから、わからないのが人生だから意外と面白いですよね。

ともあれ、全体には毒気もありつつポップで、ともすればちょっとヌルい感じもしてしまうこのアルバムの中で、最後にこの曲が来ることで全体を引き締めている気がします。
しかしただ暗いのではなく、悲しい歌ではあるけど死もセックスも介さずに現実的な別れを描いているあたりに前作ラストの「黒い翼」からの良くも悪くも成長が見られる気がします。