偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

宇佐美りん『推し、燃ゆ』感想

著者の2作目の長編にして芥川賞受賞作。
受賞した時に話題になって気になってたんですが、この度文庫化されたので買ってみました。


ままならない日々を送る高校生のあかりにとってアイドル上野真幸を推すことは趣味を超えて自身の背骨のようなものだった。しかし、そんな推しがある日ファンを殴って炎上し......。


推しという概念が嫌いでした。
会ったこともない他人に対して作品が好きとかそういうことじゃなく入れ込むのはなんか一方的で気持ち悪く感じるし、誰も彼もが「推し」を作ってる風潮もキモいと思ってました。二次元ならまだしも、生身のアイドルとかにそうやって理想を押し付けるのも気持ち悪いし、酷い場合だと推しが結婚したら「いくら注ぎ込んだと思ってるんだ」みたいなこと言う奴とかもいて、そういう奴に対しては端的に何様のつもりだと思ってました。
しかし、本書を読んで推しを推すということが必要な人のことも少し分かって、今までごめんという気持ちになりました。

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」という書き出しはシンプルにして印象的で、「メロスは激怒した」とか「吾輩は猫である」みたいな読者を掴む握力の強さがあります。
その後も短めで言い切る形の文章で焦燥感に溢れる語りが繰り広げられていくのでぐいぐい引き込まれるドライブ感がありました。
また、タイトルからして「推し」「炎上」なように、今の流行り言葉が使われているのも良いですね。10年後には死後の世界かもしれないけどだからこそ今この時が切り取られててエモいです。

主人公のあかりはおそらくいわゆる発達障害かなにかで、彼女の生活やバイトの描写のままならなさが解像度高く描かれていて、ああこういう人いるよね......という感じ。私もあんま生きやすい方ではないつもりでしたが、彼女の生きづらさが読んでるだけでしんどくてなんか生きづらいつもりでいてごめんなさいってなった。
でもその分彼女が描くブログの推しへの解像度の高さとそれを伝える文章の上手さにはこんな下手なブログを描いてるクズからすると嫉妬を感じてしまう。一つのことにこれだけ集中できる才能は純粋に羨ましいよね。

人間関係がどんどん希薄になる現代において、特に人との関わりが苦手な人にとって「推し」というのはたとえ一方通行でもかつての家族とか恋人とかに相当するような関係なのかな、と思うとリア充的な人間関係を求める俺の方が考え古いのかとも思ったり。というか、一方通行だからこそ自分を見てくれない代わりに否定もされない、その心地よさというのが少しわかった気がします。
終盤はかなりしんどいしラストもなんだか空虚な感じではありつつ、絶望的ではなくどこか滑稽な描写の中にとりあえず生きていこうという気持ちが感じられて後味は悪くなかったです。
理解出来ないと思っていたことが丁寧に描かれることで気づけば主人公に共感してしまう、そんな価値観を揺さぶられる経験ができただけでも読んで良かったっす。