偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

多島斗志之『離愁』感想

2003年刊行の多島斗志之後期の作品『汚名』の改題文庫化。
ちなみに「離愁」というタイトルに関してですが、著者の「追憶列車」という短編では同名の映画がモチーフになっていたりもしますね。


高校時代にドイツ語を習いに行っていた叔母の藍子は、何事にも無関心で孤独な人だった。やがて作家になった主人公は、ひょんなことから叔母の人生について調べていくが、それはやがて戦時中の悲劇に行き着き......。


めちゃくちゃ良かったんだけどなんかもう私の文章力では多島作品の良さを伝えることが出来ねえ......。

と序盤は主人公が高校生の時の、藍子叔母との1年足らずの交流が描かれていくんですが、ここがもうなんか良い。従姉妹との15%くらいだけ異性を意識してそうな関係性にドキドキしてしまうし、叔母の謎めいたところに興味を惹かれます。そこから、古い8mmフィルムに映る少女時代の藍子叔母の、現在からは考えられない笑顔を見るくだりで、主人公と同じくこの笑顔と今の無表情の間に線を引きたくなってしまうのが人情。そのへんの導入からしてぐっと心掴まれました。

そして本編の前半は戦前戦中の時期に藍子の近くにいた男の手記から成っていて、これがまた頗る良い。
手記の主の兼井という男は愛国心のある当時の普通の男で、彼の目から共産主義に傾倒する中原という男と藍子の恋模様が描かれていく......という状況設定がもう良すぎる。
友人同士でありながら思想の違いを持つ兼井と中原の関係に藍子が入ることで恋の三角関係にもなって常に緊張感が漂います。
しかし時代が進んでいくにつれてそんなことも言ってられないくらいアカ狩りが激しくなり......というこの辺りは読んでいてかなりつらく、戦中の時代のあまりの理不尽さに憤りを覚えつつ、大きな力の前になす術もないことへの恐怖も感じます。特に今のこの世界の状況を見ると他人事には思えない怖さがあります。

そして、後半から終盤にかけては手記だけでは分からない部分の謎解きが繰り広げられてミステリっぽくなっていきます。謎解きはほぼ関係者が語るという形の後出しではあるんだけど、それでも構図が二転三転してどんどん隠されていたことが明かされていく展開は文句なしに面白い。そして謎が明かされていくにつれて藍子叔母はもちろん、関わりのある人々の人生までもが重層的に露わになっていって人間ドラマとしての余韻が深すぎるんですよね。
思えばこの物語の主役である藍子の視点から描いても良かったところを、その甥である主人公を介すことでめちゃくちゃ泣けるのにお涙頂戴な感じにならない距離感が生まれているのも良いし、淡々とした筆致で史実を絡めることでよりキャラクターたちが存在しているリアリティがあるのも良いし、ほんっと小説が巧いよ多島先生!

という感じで、セツ泣き激エモ小説No. 1なのでみんな読んでね!