偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

多島斗志之『仏蘭西シネマ』感想

多島斗志之作品の中でも文庫化もされていなくて中古でもそんなに出回っていないレア作品ですがフォロワーのちららさんに借りたので読めました‼️メルシー‼️


幼い頃、ジェラール・フィリップという俳優に魅せられた曜子。大人になり、小さな映画配給会社を立ち上げ、彼の幻の出演作である『肉体の悪魔』を日本公開するために「ジェラール・フィリップ映画祭」を企画する。しかし、恒例のオータン・ララ監督は、頑なに『肉体の悪魔』の上映を認めず......。


名前を少し変えてありますが、実在の配給会社セテラ・インターナショナルの社長・山中陽子氏の体験を元に描いたドキュメンタリーに近い小説らしいです。
とはいえ、あとがきにあるようにドラマとしての脚色や創作もされているようで、いつもの多島斗志之作品らしい味わい深い小説に仕上がっています。

個人的に一応映画好きを自称しているので本書に出てくるフェリーニゴダールの名前くらいは知っていましたが、ジェラール・フィリップやオータン・ララは知りませんでした。
ただ、作中に映画評論家による批評なども引用されているため、全く知らなくても問題なく楽しめるようになっています。

内容はというと、幼少期にジェラール・フィリップに惹かれた主人公の曜子が『肉体の悪魔』という映画の上映権を手に入れるため奮闘するというもの。シンプルな筋立ての地味なお話ではあるのですが、曜子の不屈の熱意が暑苦しくはなく淡々と描かれていて応援したくなってしまいます。
また、脇役のキャラクターたちそれぞれの人生模様も、映画に関係あるなし問わずさらりと描かれていて、登場人物全員がリアルな存在感を持ってそこにいる感じが心地よかったです。
特に、オータン・ララに出資して映画を作ろうとしていた男や、その弟分で元ジゴロの胡散臭い男だけど曜子に協力してくれる男の姿などが特に印象的。
また、偏屈ジジイとして描かれるオータン・ララの硬く閉ざされた内心に少しずつ踏み込んでいく過程のスリリングさと、彼が抱えるもの、それに対する曜子の応じ方も繊細に描かれていて、ほろ苦さはあれどじんわりと優しい余韻が残ります。

完全に非ミステリ作品ですが、それでもちょっとだけミステリっぽい技法が使われているのもミステリ系の作品から多島ファンになった身としては嬉しく、それ以上に著者流の小説の上手さがじっくり堪能できる素晴らしい一冊でした。どっか文庫で復刊してくれないかな徳間とか......。