偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

津村記久子『エヴリシング・フロウズ』感想


中3になったヒロシはつるんでいた奴らと別のクラスになり、前の席に座る大人びた男・ヤザワとつるむようになる。しかしある時、ヤザワがかつて下級生の女子を妊娠させて捨てたという噂が流れて......。

ちょいハマってる津村記久子さんの長編。
たまたまですが、これまで社会人、大学生、高校生が主人公の作品をそれぞれ読んできて、中学生まで遡ってきたみたいになりました。

というわけで、本作は男子中学生が主人公。
新しく出来た友達のヤジマをはじめ、気になる女子の野末とその親友の大土居、小学校時代の塾の仲間、再婚を目論んでいる母親などとの交流や、受験や進路というものを描くことで、中学校生活の全てが淡々とそこにある、みたいな小説でした。

語り口に淡々としたユーモアがあることでどこか現実から浮き上がっているようにも感じますが、それぞれの要素のバランスがとてもリアルで「中学ん時こんな感じだったわ〜」と言う気がしてしまいます。
友達とのいつも一緒にいるけど踏み込みすぎない距離感とか、気になる子はいるけどレンアイって何すればいいのかよく分からず特に進展もしない感じとか。母親をちょっと疎ましくも気にしてて、それに比べて祖父母は空気みたいなのもリアル。

主人公のヒロシは、絵を描くのが好きだったけど同じクラスの増田という女子が自分よりも絵が上手いことを知って自信を失い、何にも打ち込めていない普通の少年。ただ、その何も持たない普通さゆえに他者へのフラットな優しさがあってかっこいいと思います。なるべく偏見を持たないようにしようとして自身の一つ一つの思考に修正をかけ続けているような感じ。

そんなヒロシの日常が淡々と描かれつつも、前半と後半でそれぞれとある事件が起こるため緩急もあってダレることがなかったです。日常を過ごしているかと思ってたらスッと巻き込まれているのがまたリアルで怖かったですね。ヒロシは毎度当事者ではなく、友達の事情に巻き込まれながらそこでなるべく最善を尽くして助けようとする、力になりたいと願っている。そのあたりは『君は永遠にそいつらより若い』などの作品とも共通するところで、とても良かったです。それを通して少し成長したようなそうでもないような、まぁでも確実に影響受けて変わったんだろうなという終わり方が綺麗で好き。

そんな感じで全体の感想的なことを書いてきたけど、なんだかんだ本作は細部の出来事や心の動きを描く解像度がすごくて、全体の流れとかよりも一つ一つの描写に「あー、なんか分かるよ」ってなるのが醍醐味みたいなところもあるので、そういうとこを楽しんでもらえたら......。