偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

高山羽根子『うどん、キツネつきの』感想

第1回創元SF短編賞の佳作となった表題作をはじめ5編を収録する、少し不思議なSF短編集。


なんて言うんだろう、文体は読みやすく、何が書かれているかは分かりづらいところはないんだけど、でも読み終わってもどういう話だったのか掴みどころがない......みたいな。平易だけど難解なんですよね。
各話ともあらすじを説明しようとしても上手くまとまらないし、テーマを一言で言うことも難しいんだけど、細かな描写の中にテーマの兆しのようなものが蒔かれていて、1話を通して読むとなんとなく輪郭のぼやけた祈りのようなものが見えてくる......みたいな......。
そして、特に前半の話にはトボけたユーモアもふんだんにまぶされていて、読んでいてとにかく楽しいんですよね。ただ、そんな中に社会批評的な側面や「ことばとは?」という問いかけが入っていて、後半に進むにつれてその切実さがより強くなっていきます。なので、読み終えた時に随分と遠くまで連れて来られたような気がして、よく分かっていないながらにこの不思議な世界にどっぷり浸っていたことに気付かされました。

以下各話について。


「うどん、キツネつきの」
拾った犬(的な生物)に「うどん」と名付けて飼うことにした姉妹が大人になるまでを描いたお話。

冒頭のうどんとの出会いの場面からして、奇抜というほどではないのに絶妙になんか変なのが凄い。犬を拾うシーンなのにゴリラとか内臓っぽいものが印象に残るのがヤバいし、逆に言えばそれでも奇を衒った感じがしないことが凄い。
そこからはうどんと過ごす日々......というよりは、主人公たち姉妹の暮らしの片隅にうどんがいる、くらいの薄い存在感でうどんとの暮らしが描かれていきます。
「人はなぜ手がかかるのにわざわざ動物を飼うのか?」という疑問を、実際に長い年月をうどんと過ごした日々を描くことで感覚的に分からせてくれるところが凄かった。私はペットを飼ったことがないので分かったとは言いづらいんだけど、でもなんか分かるような気がしました。
また、ペットがいることで行われる人との交流も印象的。そこから姉妹の関係や子供を作ることなどを通して育てること、世話をすることの尊さが感じられて美しかった。
その点私は健康で金もあるのに子供はいらないペットも世話するのめんどくさいと言って責任逃れをし続けていて子供だなとつらくなった(けどいらんけどね)。
結局きつねうどんは全然関係なくて、うどんは犬の名前だしキツネも無理やりなんだけどこのタイトルなのがオシャレですよね。内容と関係ないようでいて可愛さや愛おしさ、温かさが象徴的だったりして。



「シキ零レイ零ミドリ荘」
タイトル通りのボロアパートに住む少女と隣の少年が、個性豊かな住人たちと交流するお話。

冒頭にパンチの効いたおっちゃんの語りからはじまるあたり、全話同様掴みが上手すぎる。おっちゃんは主要キャラのようでいてどうでもいいキャラのようでもある、そんな人の語り(てかタワゴト)から始まるっていう。
全体になんとも掴みどころのない話なんだけど、でもなんか凄え良いのよね。

とりあえずキャラがいい。
嘘みたいなことしか言わないおっちゃんをはじめ、生真面目なグェンさんと豪快なワンさんという外国人の2人はお互いに日本語がちょっと怪しいせいであんまり意思疎通できないのになぜか仲が良かったり、ほとんど顔文字でしか喋らない引きこもりの男がいたり、秘密の部屋の壁に刻まれた暗号の解読に乗り出す青年がいたり......。
とにかくみんな変なんだけどなんか愛おしい。みんないわゆる「普通の日本語」ではない言語を使うことから「言語」がテーマらしいことは分かるんだけど、それが何なのかはよく分からず、深く掘り下げられない。ただ、それぞれ微妙に違う言葉を使いながら意思疎通して分かり合おうとしたりしなかったりするかれらの姿が美しいと思う。
終盤ちらっと出てくるSF要素は、子供時代の特別さを感じさせます。もちろん実際にこんなことは起きなかったけど子供の頃ってこんな感じに毎日不思議なこととか新鮮なことがあったよなぁ......と懐かしくて胸が締め付けられるような気持ちになりました。ありえないことを描写することでめちゃくちゃ的確に「あの頃のあの感じ」を出してくるのが上手すぎる。



「母のいる島」
とある島に暮らす母親と15人の娘たち。母親は身の危険を省みずに今16人目を産むため本土の病院に入院していて、そんな中で島でとある騒動が起きる......というお話。

冒頭から「これ全部覚えなきゃいけないの〜?」ってくらい新しい人名がぼこぼこ出てきて面食らっているとやがて15人姉妹であることが明かされる、という掴みがやっぱり上手い。
大人数の姉妹のあまりにもわちゃわちゃした日常を読んでいるだけでも楽しく、話が動き始めると緊迫感も出てきてまた一段と面白いです。
命を奪おうとする暴力と産もう生きようとする生命力との戦いが描かれ、野生的なまでに強い母と娘たちが美しい。これもSF要素が異能バトルみたいなところにちょこっとだけあるのが良いですね。生まれてきた意味とかをもうぶっ飛ばして「生きろ!」と叫ぶようなラストも好き。



「おやすみラジオ」
小学4年生の少年が、日々大きくなる「ラジオ」を拾い、仲間たちと共にそれの隠し場所を模索する......というブログを購読する女性が、ブログの中に出てくる町が自分のご近所だと気付き......みたいなお話。

ほのぼのとしたジュブナイルSF......かと思ったら、そこは真偽の分からないブログの記述っていうところからして一筋縄ではいかないお話。
このブログのパートだけでもかなり良い感じにスタンドバイミーみたいな雰囲気があり、正直これはこれで独立した短編として読みたかったな......とすら思わされます。
そして作中現実である会社員の女性のパートに入ってからも、絶妙に予想の斜め上を行かれて驚かされます。
「情報」というのがテーマっぽく、実体のないネット上の文章にすぎないものに入れ込んだり踊らされたりするのって冷静に考えたら滑稽だよなってのと、でもそうなっちゃうよね分かるっていう共感とがありました。


「巨きなものの還る場所」
青森のねぶた、巨大な神馬、学天即、シャガールの絵、大震災......などの巨きなもののお話......。

時代と場所を超えたいくつかのエピソードが並行して語られ、その中で大地、巨きなもの、神、といったイメージが連関していく物語。
そのためこれまでの話以上に掴みどころがないんですが、人は土地や家に縛られる、バラバラになった部品は元に戻ろうとする、といった描写から復興への祈りを感じます。また、各パートがとある人物によって繋がることで、短編でありながら長い旅を終えたような読後感もありました。