偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

本谷有希子『静かに、ねえ、静かに』感想

異類婚姻譚』を読んで気になっていた作家さんの短編集。


カバー裏の紹介文では「SNS三部作」と銘打たれていますが、SNSらしいSNSが出てくるのは1話目のインスタのみで、2話目はネットショッピング、3話目はほにゃほにゃ(一応伏せます)というインターネット三部作みたいな感じではありました。表題の「静かに、ねえ、静かに」が略してSNSなので、まぁ広義のSNSってことかな。個人的にはTwitterは出して欲しかった......。

各話とも、嫌な面をやや誇張しつつもこういう人リアルにいそうってなる絶妙の塩梅で描かれていて、序盤から鬱屈と不穏さが感じられるところからどんどん悪い方に転がっていく展開で、嫌なんだけど目が離せませんでした。


以下各話感想。




「本当の旅」

3人組の男女がなんか自分探しみたいなノリで海外旅行に行くお話。
とにかくこの主人公たちがめちゃくちゃ痛くて鬱陶しくて腹立つ、ウザさの塩梅がすごい。ちょっと誇張気味なんだけど絶妙にいそうなリアリティもあって。書かれている文章全部にイラつくので、短いし文体は読みやすいのに「うあ〜っ!」とかキレながら読むせいでなんか読みづらかったです(いい意味で)。てか学生とかなら100歩譲って良いとしても、こいつらがアラフォーなのはホラー。
人間の醜い部分を持ちながらそれに目を向けずにポジティブに変換して肯定しまくるのは良いんだけど、結局そこから滲み出てくる醜さが気持ち悪くて凄い。
しかしキモい全肯定一人称の中で時々ふと虚しい素顔が見えるところでちょっと許せちゃうのも巧妙ですよね。
こういうその辺にいたら死ねやと思って終わっちゃうような奴らでも一人称で読むとその思考のメカニズムも少し分かって、共感とまでは言わないまでもまぁ死ななくてもええやんな、くらいには思えてしまって居心地が悪いです。
自己認識と他人からの見え方のズレとか、他人へのレッテル貼りみたいなのは本書全体にも通じるテーマだと思いますが、この話はそれが特に色濃かったです。



「奥さん、犬は大丈夫だよね?」

面識のない夫の同僚夫妻とキャンピングカーで泊まりに行く......という設定だけでもう気が滅入ります。
しかもその同僚夫妻がなんかわりと生理的に受け付けない感じで......という苦痛が、コーヒーなどの印象的なアイテムを使いながらじわじわと描かれていきます。
しかし、その中に仕込まれた違和感の意味が明かされてから物語の見え方が「一転」というほどではなく少しグラつくのが凄み。前話と違って主人公に感情移入しやすく、うんうんと頷きながら読んだだけに最後はゾワゾワしました。
押し付けがましい感じのタイトルも良い。



「でぶのハッピーバースデー」

会社が倒産してフリーターになってしまった貧しい夫婦のお話。
主人公が夫からも地の文でも「でぶ」と呼ばれているのが異様でそれだけで引き込まれてしまいます。
生まれ持った容姿や能力が他人より劣っていることを「印」と表現し、お前らもこのスペックでやってみろよと語る夫の言葉にドキッとさせられます。
歯医者じゃないから分からないけど歯の矯正に関する描写がリアルっぽくて、中途半端に良い方向に行こうとして余計大変なことになってしまう様が痛々しくて苦しかったです。
しかし、彼らも職場では少なくとも変な嫌がらせとかは受けてないし、真面目にやってると評価もされてるので、自己認識が必要以上に低いのかなぁと悲しい気持ちになりました。
だから、せっかくなんとかやっていけそうなところからのあの結末もつらかった......。これまでの2編よりも主人公たちに肩入れしてただけに......。