偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

綿矢りさ『ウォーク・イン・クローゼット』感想

表題作を含む中編2編を収録した1冊。


「いなか、の、すとーかー」

珍しい男性一人称で、売り出し中の若い陶芸家とそのストーカーの攻防を描いたお話。

とりあえず書き出しからしてなんか軽薄で、良い奴そうなんだけど底が浅そうな主人公のキャラ造形が面白いです。
ちょっとサイコスリラーとかミステリーっぽい雰囲気も出しつつ、主人公ののほほんとしたキャラのおかげで緊張感はそんなになく、たらたら〜っと読めます。
しかし中盤以降の展開は(分かっちゃいたけど)なかなか怒涛。
結構エグいのにやっぱり徹頭徹尾軽薄に描いているのが悍ましいですね。
キャラクターの人間性に対して読者が下す評価を揺さぶってくるのはいつもながらの作風ですが、今回は良くも悪くもそこがやや戯画化されてる感じですね。
エンタメ的な面白さはありつつ、それだけにちょっと余韻が残りづらいところはあるように思います。
あと作中には明記されてないけど、(ネタバレ→)虫とかの悪戯は女たちじゃなくて親友ってことでいいんですよね?
ある種「信頼できない語り手」みたいな、自分の周りのことを何も分かっていない主人公の視点で読まされるのが不安を煽りますね。

そして、最後まで読んでみると、そういう人間の多面性とかとは別に、「モノを作って発信すること」という、小説家としての著者の実感を込めたようなテーマも見えてきて面白いです。発信するという点ではこないだ読んだ『夢を与える』とも共通しますが、時を経たためか本作の方が達観した印象を感じました。





「ウォーク・イン・クローゼット」

こちらは『勝手にふるえてろ』以降の感じのアラサー女子が主人公の作品。
対男用の服で武装して相手に合わせて着る服を選ぶ主人公が恋活する話。

この主人公はもう清々しいまでに共感できないタイプの人間でしたね。
私、そもそも服にあんま興味なくて、無難で着れればそれでいいという感じのファッションなので、「着飾って自分を上げる」みたいなのが分からない。そもそも出てくる服の描写もあんま分かんなくて想像付かなかったのがもったいなかったです。オシャレさんならこの服の描写だけでも楽しいんだと思う。
そんで、彼女の男を見る目のなさも嫌になります。絶対不倫してそうなおじさんとか絶対遊んでそうなイケメンに不倫されそうになったり遊ばれそうになったりして落ち込んでるの、馬鹿かと思う。
......思うんだけど、でも読んでるうちに共感できないはずなのに共感してしまい応援したくなってくるのは、モノや言葉に溢れた現代を生きる我々の空虚さを感じるからだと思います。
しかし後半のスリリングな展開から爽やかな成長物語のようになっていくのが清々しいです。
清々しいんだけど、「いなか、の、すとーかー」の毒っ気の方が好みなので、アレの後で爽やかに終わられるとちょっと物足りなさも感じてしまいます。