偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

相沢沙呼『教室に並んだ背表紙』感想

同じ集英社から出た『雨の降る日は学校に行かない』と雰囲気の近い、女子中学生視点の連作短編集。

各話ともとある学校の図書室が舞台。
物語を愛する司書の「しおり先生」が狂言回し的な立ち位置で共通して登場し、その他にも各話の間に細かなつながりがあったり、各話の結末も思い込みがひっくり返されるものが多いあたりはミステリ的な技法が使われていると言えると思います。しかしそれが意外性ではなく、先入観によってレッテル貼りをしたりして人間関係を拗らせてしまう彼女らの視野を広げる爽快感を生んでいるのが相沢作品らしい優しさで素敵です。
大人になった今読むと、彼女らに見えていないこともよく見えてしまって、驚きとかは薄いです。しかし、自分が中学の時のことを思い出すとやっぱりこんな感じで井の中の蛙だったなぁ、と懐かしくほろ苦くなります。中学時代とかそれなりにつらかったけどこうして曲がりなりに大人になれてるから君たちもきっと大丈夫さ......という謎の上から目線で読んでしまってエモかったです。
相沢沙呼といえば最近はすっかり翡翠ちゃん一辺倒ですけど、やっぱり彼は殺人事件とかイリュージョンよりもこういうクロースアップマジック的な日常の謎に真価を発揮する気がしてなりません。
見た目は地味でもなんだかんだこういう作品の方が後に残るので、またこういうのも書いて欲しいな......。

以下各話感想。



「その背に指を伸ばして」

一編目はベタに本好きで図書委員の女の子が主人公。
1年生の頃に苦手だった陽キャ寄りの女子が本なんか読まないくせに図書室に来るようになって正直ヤダな......みたいな話。

コンプレックスの裏返しのように陽キャの奴らを見下して、あいつらが「陰キャ」というレッテルを貼ってくる!と思いながら自分も「陽キャ」というレッテルを彼女らに貼っているあたりの生真面目ゆえの不器用さがなんだかとっても中学時代の自分を見ているようで痛々しかったです。
本が好きと言いながら本にも「恋愛モノ」「部活モノ」なんかは陽キャのためのものだと本にもレッテル貼りして食わず嫌いする視野の狭さとかもまさに中学時代の私である。
それだけに、しおり先生とのやり取りなどから彼女の視野が少しだけ、しかし確実に広がったことが示されるラストシーンには救われた気持ちになりました。



「しおりを滲ませて、めくる先」

将来の夢ってなんだよ!というお話。

この主人公も前話の主人公に似ていて、思春期特有の潔癖さから「夢、叶う/叶わない」という二元論で考えて「ふっ、どうせ叶いっこないさ」なんて思ってるあたりの痛さがまさに中学時(ry
そんな彼女が叶うか叶わないかだけじゃない人生のグラデーションのようなものに触れ、人生の形も幸せの形も色々というのが少し分かる結末が良いですね。



「やさしいわたしの綴りかた」

読書感想文ってなんだよ!というお話。

今度は本嫌いの主人公がなんとかして読書感想文を読まずに書こうとする話なんですが、私も本を読むこと自体は好きなんだけど課題図書は読みたくなかったし感想を出力するのも苦手だった(今でもこんな感じで下手くそな感想しか書けないしまぁ苦手ですけど)のでめちゃ共感してしまった。
読書感想文の悪口を言い出すとそれだけで本一冊の感想文くらい書けちゃいそうなので省略しますが、そんな大嫌いな感想文がきっかけでしおり先生と出会ってまず1冊本を読んでみるとこが素敵。本に限らず読まず嫌い食わず嫌いはよくないな、と身につまされました。



「花布の咲くところ」

二次元の男が最高!とか言ってたらオタク友達が三次元のクラスの男子に恋して気まずくなっちゃった!ってお話。

私は二次元のキャラに恋したことないのでどうしてもちょっと奇異な感じがしてしまうんですが、これを読んで反省しました。
主人公と親友の、二次元と三次元の恋を並べて描くことで、恋とは何か?ということから物語を読む意味までテーマが広がっていくのが良い。
恋の苦味も煌めきも詰まった作品で、個人的には本書で2番目にお気に入りです(1番はまぁ表題作かな)。



「煌めきのしずくをかぶせる」

涙子と書いて「ティアラ」と読む"キラキラネーム"のルイコ(自称)。名前のことでいじめられ逃げ込んだ空き教室で、ネイリストを夢見る別のクラスの女子と出会い、自身も漫画家という夢を明かして親交を深めていくお話。

クラスの友達とは違う一対一の関係性がめちゃくちゃ良い。この場所でだけ、短かい時間だけしか会わないからこそ大切なものを曝け出せる友達......エモすぎんだろ。
しかしそんな煌めきとは裏腹に主人公の名前についての陰湿ないじめも描かれ、これまでの話に対して深刻さを増して最終話へのステップにもなっている感じがします。



「教室に並んだ背表紙」

最終話で表題作のこれは、これまでにも少し出てきたある少女へのいじめを描いたお話。

私はありがたいことに恒常的で苛烈ないじめには遭ったことがありません。でも半期だけの体育の授業でとかたまたま校門のところですれ違った上級生からとかの単発のやつとか、いじめってほどじゃなくけど聞こえるように陰口言われたりとかはしてたので(それもいじめか)、主人公の苦しさも多少は経験的に分かる部分もあってつらかったです。殴られたりはしなくてもやっぱ自分だけ人権ないのはきついし、学校のどこに隠れて昼飯食っても見つかって嘲われないかとビクビクするのもしんどいよね。
そんな苦しい状況が描かれていて、もちろんヒーローが現れていじめてる奴らをぶちのめしてくれたりみたいなこともないんだけど、それでもしおり先生との出会いというちょっとの奇跡と、希望を感じさせるラストシーンに少し救われました。
つらかったらやめちゃえばいいとか、勇気を出して抗おうとか、そんな絵空事は当事者には響かないんだけど、そんな中でなんとか響く言葉を模索するしおり先生の姿にも泣きそうになってしまいました。

そして、ミステリランキング5冠の相沢沙呼先生だけあってちょっとしたミステリ的な驚きもあり、それが「驚かせてやろう」というよりは物語に少し奥行きを与えるような使い方なのが心憎いし、とはいえ本書のメインターゲットであろう中高生の読者にはけっこうびっくりだと思うし、ここからミステリへの興味を持ってもらいたいという相沢先生のミステリ愛も感じて良かったです。