光学の天才である夫のエイドリアンのDVに耐えかねて家から逃げ出したセシリア。その後、エイドリアンは自殺したという知らせを聞くが、それからセシリアの周りでおかしなことが起こり始める。エイドリアンは透明人間になる技術を完成させ、死んだフリをして自分を付け狙っているんだと確信するセシリアだったが、周囲には正気を失ったように扱われてしまい......。
変態で天才の男が透明人間になって元カノ(逃げた妻)に嫌がらせをする......という点ではヴァーホーヴェン師匠の『インビジブル』と似た導入ですが、こんなに変わるのかと。
変態とアクションに振り切ったインビジに対して、本作はかなり上品で真面目なスリラーに仕上がっています。
まずはDV夫への恐怖を「透明人間」に仮託して描くというテーマと技法のマッチングが見事。夫の元を逃げ出してからも見えないものに苛まれる様はそのまま心の傷を表していて、「透明人間」というモチーフ自体は現実離れしているけど感情はリアル。主人公のセシリアを演じるエリザベス・モスさんの恐怖に苛まれて不安定な演技がまた凄くて、かなり怖かったです。
なんせ相手が見えなくてしかも賢いので、絶妙に嫌なやり方でじわじわと精神を追い詰めてくるのが本当に苛立たしくてムカムカしちゃいます。ヒッチコックとかのサスペンスで主人公だけが秘密を知ってるけど周りが誰も信じてくれないみたいなのありますけど、本作はあれのかなり嫌度が高いやつっすね。
しかしそういうじわじわした恐怖はレストランのシーンまでで一旦完成されて、後半からは少しずつアクションに寄せていく展開も飽きさせないっすね。
そして、透明人間の話だと思ってたら「⚪︎⚪︎⚪︎」だったという不思議なオチも印象的。ぱっと見だとスカッとジャパンなんだけど、深読みすると......みたいな宙ぶらりんの状態で終わっちゃう。いけず。
全体にやや地味ではあるものの、古い題材を現代的なテーマに換骨奪胎した脚本が凄くてかなり面白かったです。
以下ネタバレ。
エイドリアンかと見せかけて実は弟でした〜というどんでん返し自体も面白かったですが、それは一旦作中でセシリアによって否定されてエイドリアンこそ黒幕みたいになる。
しかし実際のところエイドリアンが黒幕のようにも、弟のようにも見えるし、セシリアが強かに彼らを利用したようにも見えるという、「藪の中」みたいな構造になってるのが斬新で面白かった。結局作中ではっきりとした解決が語られなくて、全員怪しい感じがしながらモヤモヤするっていう、意地悪な映画でした。
