偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

津村記久子『ミュージック・ブレス・ユー!』感想


音楽を聴くのが大好きな高校3年生のアザミ。しかし受験については真面目に考えたことがなく、進路へのぼんやりとした不安を抱えながら、親友のチユキらとぼんやりとした日常を過ごしていた......。


著者の第2長編で、デビュー作『君は永遠にそいつらより若い』の流れを汲んだ緩くも切実な青春小説。

主人公のアザミには『君そい』の主人公ホリガイに通じるようなうだつの上がらなさがあり、つまり『君そい』が刺さった私にも通じるところがあって、読みながら彼女の日々をたらたら〜っと共に過ごすだけでなんとなく心地よさがある小説でした。
本作でも劇的な出来事は起こらないながらも、文化祭での事件など、本人たちにはなかなか重大な出来事がちょいちょい起こります。平易だけど気付いたら引き込まれているような筆致によって、この「彼女らにとっては」の部分が「読者にとっても」に変換されます。後からあらすじを説明しようとするとボヤけるけど、読んでる間は弛緩の中にヒリヒリが混ざった緩急が付いてるのが上手いです。
不器用な彼女が現実の世界ではなかなかうまく生きられず、それでも音楽を聴いている間は無敵になる感覚は、私も音楽好きなので分かると同時に、しかし私はアザミほど本気で音楽にのめり込んでいないので、その本気度に憧れと嫉妬すら抱いてしまいます。
それでも不器用さの方はほんとにわかりみしかねえ。他人を傷付けない、不快にさせない接し方が分からず、つい余計なことを言いそうになってしまうあたりめちゃ分かるのよね。でもアザミはアザミなりにそれを直そうと努力して、言いそうになるけど言わなかったりするあたり健気で良い子やなぁと思う。自分ではダメだと思ってても周りからはけっこう気遣いの人と思われてもいそうな。

周りの子達も親友のチユキは一見真面目なんだけど実はクレイジー(いい意味で)だったり、歯の矯正仲間の男の子のなんとも言えない味わいとか、トノムラという同好の士にしてなんか気に入らない男子の天然でズレてるとことかも全て愛おしい。基本的にどうしようもない奴らしか出てこないんだけど、そのどうしようもないエピソードが全て愛おしいんですよね。

最後まで大きなことは起こらないながら、受験して卒業してそれぞれの道へと向かっていく静かなエモさが凄くて、きっとこの高校時代の思い出はだんだん薄れていって次の場所での日々に埋もれていってしまうんだろうけど、でも掘り返せばすぐに思い出せるんだろうなという青春の日々の眩しさ、よ。