偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

似鳥鶏『叙述トリック短編集』感想

良くも悪くも話題になっていた本作、文庫化を機に読んでみました。


ほんとにタイトルの通りなのでそれ以外特に付け加えることもない、全話に叙述トリックが仕掛けられている(ことを公言している)短編集です。

まぁはっきり言ってこの試み自体がある種無茶というか、叙述トリックであることを宣言している時点で読者をスッキリ騙すことはまずもって不可能というもので。
公言しちゃってる以上、やり方としては読者が本をぶん投げたくなるくらいアコギな手を使って欺く方向か、慣れた読者なら当てられる程度の難易度である種のクイズ本的な面白さを出していく方向のどっちかだと思います。
そして本書はその後者でした。

個人的には高校一年生の時に叙述トリックを知って以来、叙述トリックには常に「世界が反転するような衝撃」を求めてしまうものでして、こういうお手軽に叙述トリックを楽しむってのはどうしてもなんか違うような気がしてしまうのはあるんですが......。
とはいえ、その「なんか違う」ってのは例えるなら映画館で観る映画と金曜ロードショーの違いみたいなもの。気軽にワイワイ楽しめるという意味で金ローには金ローの良さがあるというもの。
要は何が言いたいかって、期待してなかったわりに結構楽しめちゃいましたって話っす。

私は本作の全話のうち油断していた1話目と、叙述トリックとは言えない気がする某話目以外は分かっちゃったんですが、「解けたぜ!」っていうスッキリ感と、初読から再読のように伏線を拾う読み方が出来たので、分かってても楽しいってのもありましたね。

ただ、一つネックなのが1話目がめちゃくちゃつまんないんですよね。
私が叙述トリックにもう一つ求めているのがお話の面白さであって、ストーリーに最低限の魅力がなくてただどんでん返しだけされても「あっそ」で終わっちゃうというもので。
その点、本書の1話目はその典型の、確かに分からなかったけど明かされたからといって別にどうでもいい話で、「この本大丈夫かいな......」と思わされました。
しかし2話目は(やや鼻につくものの)大学生の爽やかでコミュ障な恋愛ものでお話としても面白く、それ以降の話もそれぞれサスペンス風味や刑事モノ風味など味付けも異なりバラエティ豊かな楽しさがありました。
それだけに、なんでこの無駄にど滑り散らかしてる一番恥ずかしい自称ユーモアミステリみたいなのを1話目にしてしまったのかが訝しいところではあります。
ともあれ、1話目を読んだ時点ではもうけちょんけちょんにディスるつもりが、それ以降意外と楽しんでしまったし、最終話のちょっとメタ的なギャグも滑ってるけど憎めない感じで軽やかな余韻を残してくれるし、嫌いじゃないです。

あ、あと、前書きの松方の例はあんま叙述トリックじゃない気がすんだよなぁ。



(ネタバレ→)前書きの太字部分のヒントがあまりにも何か仕掛けてる感じ満載で一発で分かっちゃったし、あれの本当の意味が分かれば1話目以外は大ヒント付きで解けないはずもない......っていうのが流石に親切すぎかと......。
あと、なんとなく買った本の結末のやつは作中でのキャラクターの語りに言い落としがあるだけで叙述トリックと呼べるのかどうかめちゃくちゃ微妙は気がします......。
という2点がちょっと不満かな。