偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』感想

タイトルと表紙がめちゃ良かったのでジャケ買いしちゃいました。

主人公は就職が決まって単位も取れていて弛緩した残りの大学生活を送るホリガイ。処女。自称・女の童貞。
周りの友人知人たちとの交流を彼女の淡々とトボけた一人称で綴っていくゆるいお話......かと思わせて、実は重いテーマを持ってもいて、その辺の切実さと淡白さの揺らぎがめちゃ良かったです。

冒頭のプロローグ部分では雨の中土を掘り返す主人公のホリガイが描かれ、深刻な雰囲気があるんですが、そっから本編に入るとゆるい日常が始まってギャップに風邪引きそうになります。
しかしこの日常のパートがなんか凄く良いんですよね。この良さを上手く言語化出来ないのがもどかしいです。
ただ、ホリガイさんの「私に会いたい人なんていないと思って生きてる」みたいなモノローグがあるように、「死んでやる!」みたいな激しさではなく平熱で自己肯定感が低い感じが凄く共感できてしまいます。それを、クスッと笑えるくらいのこれまた平熱のユーモアでゆるく描いていくあたりも、強がりや照れ隠しや予防線のようでもあり虚しさ諦念のようでもあり、そうであるなら大学時代の自分を見ているようで苦しくなります。
しかし、

わたしが並外れて不器用なのは、わたしの趣味のせいではなくわたしの魂のせいだ

という印象的な一文があり、めちゃ分かる!と思っちゃうと共に、安易な共感や自己投影を拒まれるようでもありハッとさせられます。

ともあれ、前半では、いち大学生のバイトやゼミなどでの交友が語られるだけでどういう話なのか全く見えてこない(けど意味深なプロローグがあるからただの日常コメディではなさそうである)ところから、ホリガイのとある過去が明かされることでだんだんとテーマのようなものが見えてきます。

そのテーマについては一応ネタバレ配慮で下に書いていきますが、我々の日常生活のように分かりやすい起承転結がなく掴みどころのない作品でありながら、最後まで読んでみればとても鋭利に心を突き刺してくる印象深い小説でした。



































本書でホリガイはけっこう自分を卑下するような予防線のような言い方をすることが多いんですが、それが「人間を知らないこと」への不安というか負い目のようなものから出ているようなのがだんだん分かっていってやはり共感せざるを得なかったです。
童貞というのが物理的なヤった/ヤってないだけの話なら別に悩むこともないけど、童貞であるという事実はそのまま他者と深く向き合ってことがなくて、私自身のかつての感覚から言うと「人間のことが全く分からない上に、童貞であるという事実がそのことを証明してしまっている」みたいな感覚。そのせいで他人に対して上辺でうんうん頷いたり変わったことを言って普通じゃない感じを出したがるくせに実際は普通じゃない(普通の人が出来ることが出来ないようである)自分に浅く広く実は根深く絶望しているような感じ......な気がします。 

だからヤスオカの悩みをいけないと分かっていながら表面的な下ネタのように扱ってしまったり、河北に挑発的な物言いをしてキレられたり(ちなみに私はこの河北という男は大嫌いなので彼に悪いと思う必要はないと思っちゃうが......)し、そのことすら自分は欠陥品だからとどこか諦めているような態度で過ごしてしまいます。

しかし中盤でホリガイが過去に男子2人から圧倒的な暴力を受けたことをイノギさんに打ち明け、イノギさんがそれに対して真摯な対応をしてくれるんですが、今度はイノギさんの酷い過去を聞いた時に

わたしは、かける言葉を見つけることができず、そもそも言葉をかけることが正しい態度なのか黙りこくっているほうがいいのかもわからず、そして結局何も言わず、ひたすらまばたきをしていた
(中略)
そしてすぐにそんな自分を恥じた。より正確に言うと、自分を恥じることに逃げ込んだ

という感じになってしまうことで、ことで他者の痛みへの当事者意識というものに自覚的になっていきます。
この引用部分がもう、心理描写として装飾も言い落としもせずに完全な的確さでもって描写されていて思わず心を読まれているのかと後ろを振り返ってしまいました。

そもそも彼女はかつて失踪したニュースで見たことしかない少年のことに胸を痛め、そのことで進路を決めるほどある種感じやすいところがあり、それでも面と向かって他人の痛みを打ち明けられるとどうしていいか分からなくなってしまうわけで、その不器用さも、うわぁ俺かよ......て感じ。

しかし、彼女が「自分に会いたい人はいない」と言っていたのは裏を返せば自分もまた他人にそこまでの関心とか愛着とか執着を抱いたことがないからで、実際恋のような感情を抱いていた八木くんに対しても何かのアプローチをするわけではなくハナから諦めていたわけでそんなんでよく童貞だから......とか言えますよね(ですよねごめんなさい)。
しかしイノギさんのことを人生で初めて気にして彼女に会いにいくという、物理的には小さいけど大きな行動を起こす結末、そして『君は永遠にそいつらより若い』という、ギリギリ出来る誠実さを体現するようなタイトルがじわじわと深い余韻を残します。

となんか色々書いちゃったけど私も何もわかってないのにこんな感想書いちゃってどうしよう......みたいな気持ちですが、本書の内容は忘れていってもこのタイトルと読後感だけは完全に消し去ることはないようにしたいと思いました。