偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ダーク・グラス(2021)

『ドラキュラ』という意欲作ではあるけどまぁ正直クソ映画な前作から10年、新作の話は何度か聞いたものの最近まで音沙汰のなかったアルジェント先生の新作を、しかも映画館で観られただけでもう満足なんですが、内容も(あんま期待してなかったせいもあるが)かなり良くってめちゃくちゃ嬉しいです。


ローマで娼婦ばかりを狙う連続殺人が起こる。4人目のターゲットにされたディアナは、犯人の運転するバンから逃げる際に他の車と大事故を起こし、失明してしまう。事故の相手の車に乗っていた中国人の親子も父親は即死、母親は重症。残された少年チンとディアナは被害者同士の絆から共に暮らすようになるが、殺人鬼はディアナを殺すことを諦めず......。

実は映画館に入るの一瞬遅れてド頭からは観れてないんですが、冒頭っぽい車を運転しているシーン、日食を観るシーンからして、白昼の明るさなのにどこか物悲しい雰囲気、サングラスをかけた主人公ディアナの美しさ、そして月が太陽を覆い隠し暗闇が訪れることがシンプルに「悪夢の始まり」を示唆していてブチ上がるしかねえ!

一転して夜の街で起こる殺人、その鮮血の赤色をはじめとする映像の美しさ、ゴブリンを今風にしたような音楽にもブチ上がり、待ってました、これぞアルジェント!という興奮に包まれます。
『わたしは目撃者』を思わせる盲目の主人公や、『サスペリア』などを思い出す強い犬さんなどセルフオマージュっぽい描写も多く、黒づくめの連続殺人鬼と追われる美女という筋立ても原点回帰のような王道の構成。

しかし、御年82歳の巨匠アルジェント先生も80超えてさすがに丸くなったのか、本作には今までにないような優しさが溢れていて、いやマジで泣きそうになったしアルジェント観てこんな気持ちになるとは思わなかった。
これまでの作風では殺される側を主役にはしながらも殺しの美学こそが真の主役という感じで美女が残虐に殺され、死ななくても蛆虫のプールに突き落とされたりするという加害者目線のサディスティックさが売りで、もちろんそれはそれでエンタメとしては大好きなんですが......。
それが本作ではなんと視力を失った主人公がヘルパーに付き添われながら白杖を手にし、盲導犬と出会い、身寄りのなくなった少年と寄り添って暮らす様を見守るように描く完全に被害者目線の物語になっていて、ガワの筋立てや演出は老舗の味を頑固に守りつつも、この歳になってそこに新しい味を加える勇気が凄えと思います。
というか、これはもはやこれまで残虐な映画ばっか作ってきたことへの罪滅ぼしみたいな気さえしてしまう、そのくらいの優しさでして。ちゃんと人が死ぬのが悲しいし、ちゃんと犯人が憎たらしい。私も若い頃なら「へん、アルジェントのジジイ日和りやがって」とか思っただろうけど私もこの歳なので「うんうん、みんなよう頑張ったよ......」みたいな気持ちになってしまう。
常連客に言われる「醜い顔を見られずに済む」とか、サングラスを失くして買うシーンとか、細部に人生の美しさが詰まっていて素敵すぎます。
主人公のディアナの儚げでありながらもそれ以上に芯の強さを感じさせる眼差し、暴力に屈しない姿勢がカッコよく、中国人少年チンの聡明さと優しさにも安心感があって最高の主人公たちでした。

まぁもちろんツッコミどころはいつも通り満載ではあるし、犯人の正体の意外性のなさとか、殺しのシーンの(昔よりは)あっさり加減とかに寂しさがないわけではないですが、ともあれロメロもフーパーもいない時代にアルジェント先生がまだ頑張ってるだけで泣けるわよね。
しかも、次回作への意欲もあるらしい。
本作が集大成的かつ自己批判的な側面もある作品だっただけにこれが最後か?と思ってしまったのでやる気あんの嬉しい。まだまだ赤い夢を観させてください。

以下ネタバレ。

























































常連客からの「醜い顔を見られずに済む」という娼婦と客の間柄での精一杯の慰めの言葉とか、盲目の娼婦と中国人の少年の交流とか、通りすがりのおじさんたちが懸命に助けてくれようとする(そして殺される......あれは悲しい......)無償の親切とか、そういう人と人との信頼や敬意を、まさかアルジェントがここまで前面に押し出してくるのかってとこに(他の監督だったらまぁ今時そうよねくらいで流しちゃうかもしれんけど)泣きました。

犯人の姿は中盤からもう出てきちゃうし、その正体もまぁ無難に主人公に恨みを持ってそうなやつで意外性はないですが、主人公自身も無意識に他人を深く傷つけていたのだと突き付けられるドラマ作りは普通に上手いし、私は子供の頃から犬が苦手なので犬が救世主でありつつ超怖かった。てかまぁ犬に食われるっていうサスペリアかなんかでネタの一つとしてやってたやつをラストに持ってくるあたりはちょっとしょぼく感じてしまわなくもないが......。
しかし、普段なら主人公が助かってやれやれみたいな顔したりあるいは狂気に取り憑かれたみたいになったところでバッサリとエンドロールが流れるところが、本作では彼らのその後もしっかり映して、寂しい別れがありつつお互いそれぞれ生きていく強さを手にしたことを示してから終わるいつになく感傷的な結末もホロリときてしまう。
そんな感じでとにかくギャップ泣きがすごい素晴らしい復帰作。
しかしあの蛇のシーンは良いんだけどもうちょいねちっこくやってほしかったかなぁ。