偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

綿矢りさ『ひらいて』感想

昨年映画化もされた中編で、『蹴りたい背中』以来の高校生の恋愛に主軸を置いた作品。



学内ヒエラルキーの上位にいる高校三年生の愛は、一年の頃からクラスの目立たない男子たとえに片想いをしていた。
ある日、たとえが誰かからの手紙を読んでいるのを目撃する。気になった愛が盗み読みすると、手紙はたとえの秘密の恋人からのもので......。


好きです。好きすぎて何を書いていいのか分かんないです。

とりあえず、冒頭がすごいっす。
「彼の瞳」からはじまり、片思いの彼の好きなところを怒涛の勢いでしかし繊細な描写で挙げていくのに圧倒されてしまいます。
恋をする時の(気持ち悪いほどの)異様なテンションに対する共感と、好きな相手の魅力に対する(多分に身勝手ではあるけれど)解像度の高さに嫉妬してしまう気持ちとがないまぜになっていきなりエモいです。たしかに恋をする時には相手の体の部位や仕草や言葉にいちいち意味付けをしてある種批評のようなことをしてしまうもんです。にしても、短いフレーズを羅列してイメージを伝える手法はめちゃくちゃ太宰治ですよね。

最初の方はマジでそんな感じで「彼」への想いが溢れまくってるだけのヤバい奴(けど煌めいている)でしかない主人公の愛ちゃん。一旦推しへのLOVE語りが止んだ後に明かされるその正体がクラスの中心階級だと知って私はもうつらかったですよね。友達が作れないのは俺が繊細なガラスのハートを持ってるからだと思ってましたがもちろんそんなことはなくて。実際は愛ちゃんみたいなスクールカースト富裕階級の人たちの方が他人と関わる経験も豊富でその分感性が研ぎ澄まされてたりするのかもなぁ、と、まぁ人それぞれだろうけどそう納得しちゃうようなリアリティがあり。

そして、そんな持てる者である愛ちゃんが彼の秘密の恋人の存在を知ることで恋に狂ってしまうのがスリリング。
繊細で大胆で、自分しか見えてないのに自分が見えてないみたいな滅茶苦茶な状態に、やっぱ恋なんて感情を浪費するだけで実りがなくて嫌だなぁという気持ちと、恋してええぇぇぇ!という気持ちを同時に掻き立てられます。
なんつーか、自分と合う相手にこういう身勝手で情熱的って意味での恋ってしないっすもんね。こういう風に好きになってしまう人ってのは絶対自分とは何から何まで合わなくて、実際に付き合ってるところとか想像もつかないような相手で、それでも、それだからこそ欲しくなってしまうんだろうなぁと。
5年間の付き合いの恋人たちの間に割って入ってかき乱す恋の邪魔者たる愛ちゃんに嫌悪感を抱きつつもしかし強烈に共感もしてしまう......。彼女がなんでこんなことするのかは一切わけ分かんないんだけど、こんな暴走しちゃう気持ちは分かるよ私も若い頃は......みたいなね。
一方、『レオン』のゲイリー・オールドマンか『セブン』のジョン・ドゥ並みに不条理な悪役である愛ちゃんに掻き乱される純愛の恋人たちには可哀想と心から同情しつつも、しかし段々と「浸りやがって」という気持ちにもなってしまう......。
というような、読者の登場人物への評価を揺さぶってくるやり口も太宰治っぽくて、「燈籠」とかを彷彿とさせます。

どろどろのぐちゃぐちゃになりながらもどこか爽快感のある終わり方なのもバランスが良く、久々に恋をする気持ちを思い出させてくれる作品でした。
どうしてもこの歳になると「そのうちもっと合う人と出会うさ」と思ってしまうんだけど、それを真っ向から拒絶して、今、今、あなただけを想う若さが強烈に印象的でした。