偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』感想

『おいしいご飯〜』を読んで気になってた高瀬隼子さんのデビュー作。



彼氏の郁也とセックスレスの薫。ある日、郁也に呼び出された薫は、郁也の隣にいた女性ミナシロから子供をもらってくれないかと切り出される。郁也はミナシロに金を払ってセックスをしていて、その結果、彼女は妊娠したという。薫は戸惑いながらも自分が提案を受け入れるつもりでいることに気付き......。


淡々とした、あっけらかんと言ってもいいような文体で、しかし心のエグいとこまでしれっと書いちゃう気持ち悪さ(気持ちよさ)が最高でした。

彼氏のセフレに子供を貰うというシチュエーション自体はちょっと無理があるようにも思いますが、それがしれっと「アリ」になっていることで、この現実を描きつつもどこか浮世離れした独特の雰囲気が出ていると思います。
また設定がヤバいだけにかえって自分だったらどうするだろう?とか誰に肩入れするか?みたいなのが思考実験のような感覚で楽しめるのも面白かったです。

「子供を引き取るか否か?」というのが発端にはなりますが、その答え自体よりもそこから生まれる「愛とセックスの関係とは?」「子供を作るとは?」という問いかけが本題。
個人的には主人公の薫に考え方が近い部分もあり、子供を手放しで可愛いと思えなかったり、大事な自分の子供をこんな世界に産むのは嫌だから子供作りたくなかったりするのでかなり肩入れしてしまいました。
セックスをあんまりしたくないしセックスをしなくても愛することができると思いたい、でも彼氏が他の女とお金を払ってセックスしていたのは気持ち悪い、という、理屈で考えれば矛盾したところに凄く共感してしまいます。
ただ、本書が郁也やミナシロさんの視点から描かれていたらまた違っただろうなとも思います。薫の一人称が選択された裏で郁也やミナシロさんが薫に対してどう思っていたか?とか考えるのも面白いです。

全体に大きな盛り上がりもなく淡々と描かれ、結末もあっけないといえばあっけないもので、まぁそうなるよね、という感じですが、そんなさらっとした筋立ての中で感情はめちゃくちゃぶん回されて、読みやすいけどちょっと疲れるくらいの割り切れない余韻が残ります。