偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

辻村深月『盲目的な恋と友情』感想

あかん、ハマっちゃったかもしれん......な辻村深月先生。
帯でどんでん返しがすごいみたいなことが書いてありましたが全然そんなことはなく、しかしそれとは関係なくめちゃくちゃ面白かったので、ほんと帯に適当なこと書くのはやめてほしい......。


タカラジェンヌの娘で圧倒的な美貌を誇りつつ今まで男と付き合ったことのなかった蘭花は、大学のオーケストラに入り外部から来ている美しい指揮者の茂美星近と恋に落ちる。
激しすぎる恋は、互いを傷付けながら破滅へと向かっていき......。

文庫で300ページという短めの長編で、タイトル通り「恋」と「友情」の2部構成となっています。

「恋」の章は、冒頭、星近が死に、主人公の蘭花が"星近ではない男"と結婚しようとしている場面から始まります。
結婚相手への愛は穏やかなものであり、星近との激しい嵐のような恋とは何もかもが違う......などと意味深なプロローグになってて、これから始まる物語への不穏な期待を煽りに煽ってくれます。

実際本編はこれまで読んできた数少ない辻村作品の中では最もダークな雰囲気。
文体からして、短い文を簡素に繋げたある種ぶっきらぼうに感じるもので、それが感情が激しすぎて丁寧に説明してる余裕もないことを表すかのような勢いがあります。

そして語られる恋の物語は、まさに盲目的。
2人の関係が良好なうちは、盲目的に陶酔した状態で語られる一人称はロマンチックで甘美。しかしある事実をきっかけにそれが負の方向に反転してからも「好き」であるということだけをもってしてどれだけ周囲に反対されようが関係を切ることができないんですね。
このあまりの愚かさに、うわ〜気持ち悪い無理無理無理死んで欲しいとも思うんだど、盲目的な蘭花の視点から読むことでその拒絶反応と同じくらい、感情移入して苦しくさせられてもしまう。このエモーショナルな語りの吸引力が、文体の簡素さによって先鋭化されててよう刺さるんですわ。

一方「友情」の章では容姿にコンプレックスを持つ留利絵の視点から蘭花への友情が描かれていきます。
視点を変えての語り直しということで蘭花の章ではよく分からなかった描写の真意がわかったりする回収はさすがミステリ作家。
しかしそれよりも、煌びやかな星が堕ちていく物語だった蘭花の章と比べて最初から地上を這いつくばってる留利絵との残酷な視差がエグいです。
さっきまで「選ばれる側」の蘭花の視点にいたせいで留利絵に憐れみを感じてしまう部分も少しあります。が、私も学生時代は「選ばれない側」だったし(というか結婚してるだけで今もモテはしない)、コンプレックスも多いので、蘭花よりも色んな意味で共感しやすい部分もあり。でも私も男なのでどうしても女性を容姿の良し悪し......というかまぁ、平たく下品に言えばやれるかどうかで可燃不燃みたいに分別してしまうのも分かる(さすがに大人なので表に出さないよう努めるようにはなったけど......)ので耳が痛いところもあり......て感じでこっちのがより精神にキましたね......。

そして、本作全体を通して、誰かが他人に面と向かって暴言を吐くというか、短所を指摘するシーンが多いんですよね。
例えば留利絵から蘭花の身勝手さへの指摘だったり、留利絵視点での美波への憎しみだったり、星近や美波から留利絵が言われることだったり......。
それは全て的を射たものなんだけど当人は自覚がなかったりして、そーゆー他人への客観的な視線と自分のことの見えてなさとかもまさに「盲目的」。主役の2人に限らず誰もが誰かを深く傷付けたり苛立たせたりしながら生きているので、誰のことも好きになれないけど誰にも共感できる部分もあって、心がとっても疲れました。
また、他の作品もそうなんですがやはり細部の描写が凄くて、どんだけ人間観察してんねんって感じ。

ちなみに、帯の件ですが、たしかにラストでちょっとした捻りはあるものの、気づかない人のが少ないんじゃないかっていういわば捻りのない捻りであって、あれをどんでん返しだのちゃぶ台返しだのと持ち上げられることで本作の本質的な魅力が貶められている気がしてムカつく帯です。買わせりゃいいのか?っていう。