偽物の映画館

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樋口修吉『ラスト・ラブレター 最後の恋文』感想

トクマの特選から、『ジェームス山の李蘭』に次ぐ2作目の樋口修吉作品。



過去の経験から女性と関係を持つのに消極的になっている家具職人の清雄と、彼のパトロン的な家具店主の阿見子、そして清雄に恋する少女茜の3人の関係を描いた純愛小説。


ジェームス山の李蘭』がデビュー作だったのに対し、本作は晩年の作品ですが、著者のものした純愛小説はこの2作だけ、ということになるようです。


本作の魅力としては、まず登場人物個々人のキャラが魅力的であり、彼らの一言で言い表せない関係性がリアルであり、20年ほどの長い時の流れが描かれている、といったあたりが挙げられると思います。

まず冒頭の兄貴の女とチョメチョメというプロローグにあたるパートからして、主人公の清雄の内省的で職人としては器用なのに人間関係には不器用で、しかしどこか人を強く惹きつける所のある魅力的な人柄に読者もまた惹きつけられてしまいます。
そんな清雄に対する2人のヒロインもまた素敵でして。
阿見子さんはなにかと世話を焼いてくれる年上の女で、やり手で強くて静かな熱のある人だけど、そんな顔の裏には人間らしい弱さも隠しているのでだんだんと好きになってしまうキャラクター。
一方の茜ちゃんは幼い時に親ほど歳の離れた清雄さんに恋してしまうものの、その気持ちを受け入れてもらえない悲しい少女......なんだけど、彼女も賢く強い子。
女性2人がさっぱりした性格で、清雄さんも誠実な男なので、ぱっと見は三角関係っぽい関係性なんだけどそういうドロドロは一切ないです。
三人称他視点でかれらそれぞれの視点が描かれていくので、3人の誰も悪くないことも分かるし、それでも儘ならない人間関係が切なくなります。
特に、やっぱり若くて感情表現も豊かな茜ちゃんにどうしても感情移入してしまいます。ただ、彼女の気持ちを受け入れない清雄さんの気持ちも分かるし......みたいな、ね。
結城だけは許さねえ。


そして、作中の年代は1970年代後半から1990年代後半くらいで、終盤はたぶん自分が生まれた頃なんだけど、とてもそうは思えないようなオトナで粋な雰囲気も堪らないです。安室奈美恵とか小室哲哉とかが流行ってた時期のはずだけど、この世界にはいなそう......。
酒や食べ物の描写は下戸だし庶民の私からしたら全然着いていけないけどなんか美味しそうだし、海の外の人や景色や文化も印象的。職人の世界から金持ちの世界からアブない世界まで東京の色んなディープな顔が見られるのも素敵でした。

ラストは、ここまで20年に渡る物語を読んできたことへの感慨がありつつも変に湿っぽくなりすぎずにさらりと幕が引かれるのがまたオシャレですね。
タイトルは『最後の恋文』ですが、かれらの関係性は単純な恋とかはとっくに超えていて、友情や家族愛に近いものまで含んだビッグラブに感じられます。
ワイもいずれはこうなりたいずら。

そんな感じでめちゃ面白かったしじわじわと愛着が湧いてしまう作品でした。
著者のこの路線の作品は2つだけみたいですが、むしろ他のはどんな感じなのか気になってしまいます。トク魔くん、よろしく!