偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

夕木春央『方舟』感想

トゥウィッターであまりにも話題になってたのでつい買っちゃったじゃんかよ!


大学時代の友人グループで山奥の地下建築を訪れた柊一たちは、偶然出会った親子と共に地下に一泊することにする。
しかし翌早朝、地震により出口の扉が岩で塞がれてしまう。さらに下からは浸水が......。岩をどけるには誰か1人が犠牲にならなければならない。
そんな中で、殺人事件が起きる。
「殺人者が脱出のための生贄になるべきだ」......かくして、タイムリミット1週間の犯人当てが始まる......。

2019年にメフィスト賞を受賞した気鋭の第3作。
めちゃくちゃ絶賛されてましたが、噂に違わぬ面白さでした!(正直に言うとあまりに誉められすぎてて期待しすぎた感はあったけど)


なんせこの設定とそれに直結する謎......誰か1人を犠牲にしなければならない状況で、母数を減らして自分が当たる確率を増やしてまでなぜ殺したか?......が魅力的すぎて、これ思い付いただけで半分は作者の勝ちみたいなもんだと思います。
犠牲者が辿る末路は生き埋め......怨恨があればなおさら、さくっと殺さずに生贄にした方が苦しませられるわけで、考えれば考えるほど不可解なこの謎だけで物語の牽引力が凄い。
もちろん、タイムリミットサスペンスならではの緊迫感もあり、最初の殺人事件以降もあれやこれやと色んなことが起こるジェットコースター的リーダビリティの高さで一気に読まされました。

出入り完全不可能なガチガチのクローズドサークルものなんだけど、ミステリファンなのに「クローズドサークル来たー!」ってならないくらい状況が暗鬱で怖かったです。
また人物描写もいい意味で空虚というか、小説の登場人物とは思えない中身のない会話をしたりするのがかなり生々しかったです。
そんな中にも恋愛要素とかあったりすんだけど、これがまた地下に閉じ込められるのと同じくらい絶望的な恋だったりして胸を抉られるような苦しさを味わわされました許さねえ夕木春央。他の作品も読むぜ。

ミステリとしては、ロジカルな推理が持ち味であり、それが結構分かりやすく書かれていて、「頭悪いからロジック苦手だよ〜館が回転したりする方が楽しいよ〜」っていう私みたいな阿呆ミステリファンでもふむふむなるほどねと楽しめちゃいました。

そして、結末に関してはもう何も言えへん......ってのすら先入観を与えちゃうかもしれないけど、まぁ衝撃でした。色んな意味で。
というわけで、ネタバレなしには何も語れないので以下ネタバレコーナーいきます。
とりあえず、苦しい恋愛ものかロジカルなミステリかクローズドサークルが好きな人は読め!必ずだぞ!




























































ネタバレ感想いきまーす。

とりあえず、まずロジカルなフーダニットとして複雑さと分かりやすさのバランスが個人的には今まで読んだミステリで一番良かったくらい好みでした。これがこうだからこう、というのが明確で気持ちいい。
また、スマホやら紙タオルと雑巾やらの「なんかコレ推理に使いそうだぞ?」というアイテムがちゃんと使われていくのもスッキリしました。
第一の殺人の動機は保留にしつつ、第二第三の事件に関しては隠蔽目的だから動機もロジックに組み込むところも面白かったです。

......そして、動機を含む結末がとにかく凄かったですよね。
生贄と生還者がガラッと反転するのはあまりにシンプルだけど、「誰が生贄になるか?」への興味で読み進めてきてたのでその前提が覆されるのはやはり衝撃。
なんつーか、最近のミステリのどんでん返しってちょっと考えないとどういうことか分からんようなのが多い気がしてて、本作では久しぶりにシンプルに頭をガツンと殴られるような驚きを味わえました。

何より、柊一と麻衣のアレがもうめちゃくちゃグサグサ刺さりましたね。
2人のキスのシーンの切ない甘酸っぱさを読んでしまうと柊一も一緒に残ると言うロマンチックラブを期待してしまうけど実際に自分が彼の立場だったら同じことするし、たぶん一言一句おんなじあの間の抜けた別れの挨拶をするだろうなって思うので、恋とはエゴなんだと、分かってはいたけど落ち込みました。
思えば、キスするシーンの直前の2人の会話でも、

「でも、麻衣は結婚したよね。僕と違って」
「してないのと同じだって。そういう話を、何回も聞いてもらってるでしょ」

(p198)

この時点でもう麻衣は柊一にほとんど見切りを付けていたんだなとか、後から考えるとそんな気がしてきてつらいっすね。

もうちょっと、登場人物を掘り下げて描いてあればこの辺のエグさがもっと増したかなぁ、というのは個人的には思いました。
でもそうすると犯人が余計分かりやすくなりそうだし、ドラマチックになればなるほどこのヒリヒリするようなリアリティは失われるとも思うので、丁度いい塩梅だった気もしてきました。

あとは、この衝撃が、犯人当ての部分とはあんまり関係ないので、ちょっとだけ降って湧いてきたような乖離を感じなくもないですが、それも意外性には繋がってるので難しいところ。好み次第ですね。私はまぁ許せる。


そんな感じで結構しんどい話で落ち込んじゃうけどしかし衝撃度では今年読んだミステリでもベスト級の傑作でした。