偽物の映画館

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西澤保彦『殺意の集う夜』読書感想文

またしてもの西澤保彦ですね。

殺意の集う夜 (講談社文庫)

殺意の集う夜 (講談社文庫)



友人の園子に無理やり連れられ嵐の山荘を訪れることになってしまった万理。そこには、一癖も二癖も三癖もある変人たちが集結。そして、万理はひょんなことから山荘に集った人々を次々と過失致死させてしまい......。(殺人の××)
刑事の三諸は、酔った勢いで操作中に知り合った美女を犯そうと彼女のマンションを訪れるが、そこで彼女が情交していた男に殺される場面を目撃してしまい......。(もうひとつの殺人舞台)



というわけで、2つの関わりの見えないパートが徐々に絡み合っていくという新本格ミステリによくあるワクワクするパータンのやつ!!!
しかも、メインとなる、主人公の万理の視点の『殺人の××』パートでは、主人公が人々を惨殺......いや、惨過失致死させてから、唯一自分の仕業ではない友人の園子殺しの犯人を推理していくというメチャクチャな設定!!!
これで胸が踊らないミステリファンがいましょうか。いや、いないでしょう。



裏表紙のあらすじに「ジェットコースター・ミステリ」と謳われていますが、読んでみると思った以上にジェットコースターでびびりました。常に一気読みですよ。

まず、事件が起きるまでは、癖の強すぎるキャラクターのオンパレードが面白くて一気読み。
主人公の友人である園子ちゃんの身勝手っぷりがエゲツなくて、もう全然「わがまま女」みたいなレベルじゃなく、人間のエゴの醜さを結晶させた邪悪な存在とでも言うべきで、ここまで来るといっそ逆にフィクションとしてなら可愛くさえ見えてきます。まぁ実際に友達にこんなのいたら殺さずにいられる自信はありませんが......。
しかしこの園子ちゃんのキャラ造形、かなりエゴの塊としてデフォルメされているのでそのままこんな人がそこらにいるとは思えませんが、人間存在のどうしようもなさを誇張する形でリアルに描き出していると思います。というか、西澤保彦と言う人は、(以前読んだ『殺す』でもそうですが)こういうタイプのクズを描くのが上手すぎませんか......。
で、そんな園子ちゃんが際立っているものの、主人公の万理だって私からしたら友達にはなりたくないレベルでなかなか性格悪いし、山荘に集まる他の面々にしろ戯画的なまでにクセツヨだけどどこかリアルにもいそうな感じで、そういうキャラ描写を読んでるだけでもめちゃくちゃ面白かったです。


そして、事件自体はもう、ドミノ倒しとかピタゴラスイッチと同じものなので一気読みする以外に方法はなく、事件後の推理パートではとにかく怒涛のように伏線や新事実や謎解きが出てきてミステリファンとしてはやはり一気読みせざるを得ない。
また、合間合間に挟まれる刑事の三諸視点のパートも、よりリアルな人間のエゴの醜さが出ていて面白く、視点が切り替わることで飽きも来ないので、本当にもはや小説ではなくジェットコースターでした。



ただ、過程はそうやってめちゃくちゃ面白いものの、真相というか結末は賛否が分かれそうですね。
個人的には多少の整合性のなさや御都合主義を犯してでもとにかく大量のアイデアをぶち込んでくるこういう作風は好きなので面白かったですけどね。
特に、(ネタバレ→)殺意の集った理由が"占い"だなんていうクソほどバカバカしい冗談にしても酷いような真相には大爆笑。
一方でそれ以外の部分は詰め込みすぎてるゆえになんとなく「ここはこう繋がりそうだな」というのが読めてしまうのはちと残念なところ。
最後の最後のちゃぶ台返しみたいなアレは、この狂騒的な暴走ミステリには合っていてあれはあれで良かったと思います。
ちと分かりづらいですが、要は(ネタバレ→)万理は最初は女装してたからおっさんにも間違えて襲われたけど終盤は雨で化粧が落ちたりウィッグとかしてても取れたりして満身創痍の男の姿に戻っていたからああなったということでいいんでしょうか?このタネの明かし方は面白いものの、目立った伏線がないのが残念なところ。
まぁそもそもが主婦歴30年のベテラン主婦によるピーマンの詰め放題ばりにあれもこれも詰め込まれた作品なので、その上さらに伏線まで詰め込めなどと言うのは読者のわがままかもしれません。


まぁともあれ、西澤保彦らしい地持ちの悪い人間描写と、ミステリとしてのアイデアの物量が贅沢にぶち込まれた、傑作とは言いがたいけど愛さずにはいられない怪作です。