偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

一穂ミチ『ツミデミック』感想

去年読んでめちゃくちゃ良かった『スモールワールド』の著者による6編の短編集。

帯に「犯罪小説集(「犯罪」に傍点)」とあるように、いわゆる犯罪小説ではないけどタイトル通り「罪」にまつわる作品が集められています。
そしてもう一つ、全作品が何かしらタイトル通りコロナウイルスパンデミックに関連していて、各話は完全に独立しているもののコンセプチュアルな作品集となっています。こういう、連作ではないコンセプト短編集好きなんですよね。
収録順にも分かりやすく意図があり、そのおかげで1冊通して読んだ時の満足感があり、最終話の余韻がこれまでの全話にもかかってくるような構成になってるのも良かったです。
ただ、それだけに意外とコロナあんま関係ない話もあって、もうちょいガッツリ絡めてきても良かった気はしてしまうかな。

とはいえ、お話としては各話ともめちゃ良くて、短編集を読むといつもどれが1番好きとか自分の中で決めちゃうけど本作はどれがとも言えないくらいどれも好きなのがすごい。まぁその中でも強いて言えば「憐光」と「祝福の歌」が好みでした......というか、よく考えたらどっちも素敵な少女が出てるから好きなだけだわキモいな俺。

あと、内容とは関係ないけど、各話のタイトルや登場人物の名前から「作者もしかしてスピッツファンなのでは?」とピンときて、調べたらやっぱりそうだった。スピッツファンは作品にすぐスピッツワード使うからよくないよ(最高です)。
『スモールワールズ』でそもそも気になってたけど、本作も良かったしスピッツファンだと知ったのでますます追いかけなくちゃな作家さんになりました。

以下各話感想。



「違う羽の鳥」
名駅とかによくいる居酒屋のキャッチのお兄さんが主人公で、いつも鬱陶しがって無視してしまうけどああいう人たちもコロナでなかなか大変なんだなと知って、、、まぁでもそれで優しくしようとすると付けいられるけどちょっと見る目は変わりました。
という感じで、人気のない繁華街というコロナ禍の象徴的な風景も描かれる1話目らしい設定ながら、お話自体は都市伝説ととある過去にまつわるもの。
てっきり「実は主人公が......」みたいな話かと思ったけどそんな単純でありきたりではなく、重い話だけど露悪的な「嫌な話」にはせずに小さな苦しみや悲しみを掬い上げてみせるのが良かった。



「ロマンス⭐︎」
Uber eats......ではないけどそれらしき宅配サービスをモチーフにした一編。
デリバリーのイケメンお兄さんへの一目惚れという、まぁ微笑ましいとも言えるような発端から、それをアレに擬えてしまうことで一気に息苦しさ全開の嫌な話になっていきます。
1話目から悪意全開は嫌だけど、2話目でこういう悪意あるお話になるのは良いですね。ただ、ラストはちょっと露悪的というか、類型的なサイコスリラーに堕ちてしまった感があってもうちょいなんとかしてあげてほしかったかな。
あと、タイトルの⭐︎がスピッツ



「憐光」
15年前に水害で死んだ少女の幽霊の視点から、母親や親友や当時の担任教師といった身の回りの人たちの現在を見るお話。
コロナどころかスマホすら知らない彼女が「今の世界と私が幽霊になってることとどっちがフィクションくさいやろか」(意訳)という独白が良かった。たしかに、15年前の感覚からしたら完全にSFの世界ですよね。でもいわゆるファスト風土的な光景は15年前とほとんど変わらない、そのギャップにクラクラしてしまう。

そんな主人公のライトな語りが魅力的でありつつ、語り口がそんなふうに軽妙でなければあまりにも辛すぎるストーリーに泣いた。「燐光」ではなく「憐光」ですからね......。



特別縁故者
生活状況はギリギリだし主人公はまぁ世の中的にクズなのかもしれないけどどこか憎めない、というか全然憎めないヤツで、おいおいしっかりしてくれよ〜とは思うもののなんだかんだ肩入れしながらハラハラしながら読んでしまいました。
「マジで罪悪感はあるのに、仕事探しをちゃんとやれない」っていう太宰治みたいな独白にもめちゃ分かりみがある。
あと主人公の息子の名前がスピッツ



「祝福の歌」
高校生の娘の妊娠と、母親の認知症疑惑に悩まされる平凡な中年男を主役に据えたお話。
とにかく娘の菜花ちゃんのキャラが良すぎる。高校生で妊娠しちゃったのにあっけらかんとしてて、でも大人たちより全然悟ってる感じのある強くて賢い少女。好きである。
主人公一家の身の回りで起こることだけでも色々ドラマチックですが、その裏にたくさんの女性たちの哀しみや苦しみの影を匂わせ、それが全て「祝福の歌」に収束するのが圧巻で、これは短編より長編でじっくり読みたかったな、と思わされるくらい濃密な一編。



「さざなみドライブ」
タイトルがもろにスピッツな最終話。
コロナが"明けた"とされるムードの中で主人公らがオフ会に集まる場面から始まりますが、そこからある時点で急に意外な(でもなんとなく察しはついていた)展開になるところのゾワゾワする感じがとても良かった。
そこからは登場人物それぞれが独白し合う形になって、長くない短編の中でさらに短いお話がいくつも語られるので正直どれもあらすじだけみたいな感じはしちゃうんですが、そんでもそれぞれ読み応えがあり、コロナ禍における様々な苦しみの見本市のようで圧倒されました。また、他人の苦しみをジャッジしてあーだこーだ言うようなSNSでの風潮への批判にもなっていて良い。
終盤の展開はベタなわりにあんまり伏線とかがないのでやや安易な感じがしちゃいますが、タイトルの意味が示唆される結末は美しく、テーマ的にも内容的にも本書のトリに相応しい一編だと思います。



というわけで、部分的に若干ケチをつけてしまったものの捨て曲なしのアベレージ高い短編集でとても楽しみました。

以下ネタバレ感想。
































































全体の構成について。

「憐光」の主人公が妊娠させられた上に見殺しにされたのがつらすぎるけど、「祝福の歌」では同じくらいの歳で妊娠した少女が子供を産むぜ!という話。
「ロマンス⭐︎」を反転させたような家族構成の「特別縁故者」の彼らは生活は苦しくもなんとかやっていこうと前向きな結末を迎える。
少女の自殺を描いた「違う羽の鳥」に対して少女を含む自殺志願者たちが生き直そうと決意する「さざなみドライブ」。
......というように、こじつけかもしれないけど前半と後半で1話ずつ対になるような形で、前半は救いのない話、後半は救いを見出す話になっている構成がとても良かった。
1話ずつの対応はともかく、後半に向けて救いが見えてくるのは明らかに意図的なもので、自殺しようと集まった人たちが生き直す最終話で、これまでの話の主人公たちのことをも思い出して悼むような気持ちで読み終える、、、という収録順が良すぎます。前半3話の中でも特にエゲツなく救いのない「憐光」の次の話から光が見え出すところも良い。


各話のネタバレ。

「違う羽の鳥」
いちおうリドルストーリー的というか、どっちか分からない、みたいな終わり方だけどまぁ現実的には彼女は死んだ少女の親友だった子だと考えるのが妥当な気はします。なんにせよそんなことはどうでもよく虐待を受ける少女が哀しく、それに気付くチャンスがありながら気付けなかった主人公の「違う羽の鳥」という独白も、人生で苦しい思いをしたことのない私にはとてもよく分かるものでありつらい。人の苦しみに気付けるほどの人生経験がない。

「ロマンス⭐︎」
最後の取り調べ?みたいなシーンで一気にちゃちいサイコスリラーみたいになってしまい、主人公の苦しみがただのヤバい人の妄言みたいになってしまうのがつらかった。救いはないにしてももうちょい印象の違う終わり方はなかったか......と思ってしまう。



「祝福の歌」
娘の妊娠、母の入院、出生の秘密、代理母出産、ウクライナ戦争......と盛りだくさんな内容ながら全てが子供を産むこと、育てることというテーマに繋がっているので煩雑な感じはせず、最後の祝福の歌が(産まれくる子供も含めて)登場人物全員の命に向けられているように響くのが素敵です。



「さざなみドライブ」
オフ会かと思ったら自殺する会で驚かされますが、終盤の急にサイコ野郎が出てくるあたりはちょっとベタでチープになってしまっている気はします。
主人公の死にたい理由に対して「いや、それはさすがに......」と思ってしまうんだけど、そのこと自体を窘められるような話でヒェッて思った。
スピッツワードの「さざなみ」の意味が、まさに「生きていく力をくれたよ」(スピッツ「砂漠の花」より)という感じで良すぎた。