偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

海老沢泰久『満月 空に満月』感想

芥川賞作家でもある海老沢泰久が、井上陽水の幼少期からデビュー、そして大ヒットアルバム『氷の世界』リリースまでを本人への取材などを元に描いたドキュメンタリー。


個人的にここ数年井上陽水のアルバムを片っ端から聴いてて、もうすぐ全部聴き終わるというタイミングなのですが、曲はたくさん聴いててもその人となりとかこれまでの歴史とかについては(リアタイ世代でもないし)よう知らないんですよね。
でもそういうことも知りたいと思うくらいにはハマってるので、この度井上陽水関連本を色々とまとめ買いしてしまった中の一冊。

160ページほどの短さで文体も読みやすく、1時間くらいでさくっと読めました。
内容は幼少期から『氷の世界』リリースまで。
様々なエピソードから井上陽水という人物のアンビバレントな性格が描かれていくような描き方。内面の描写に寄り過ぎず、しかし突き放して事実だけを描くわけでもない距離感がちょうどよく、陽水について少し理解が深まりつつも彼のミステリアスな魅力は失われるわけではないのが読んでて心地よかったです。

そんで、とにかく一つ一つのエピソードがただただ面白い!
最初の2ページに書かれてる母校への寄贈で困ったエピソードからしてもう井上陽水という人のことを好きになるには充分。それ以降も陽水さん常に何かに困っていて、そのくせ曲作りに関しては自分は天才だという確信を持っているから笑っちゃいますよね(もちろん本当の天才です)。
特に浪人時代の話はどれも完璧すぎて、凄え時代だったのか、凄え人だったのか、まぁ両方なのか......常にニヤニヤが止まりませんでした。

全体に井上陽水の人柄や経歴を表すエピソードが多いですが、音楽面でもビートルズへの傾倒やボブ・ディランに出会って作風が確立するあたりなど読み応えがありました。
また、日本初のミリオンヒットアルバムを出すあたりが本書終盤のクライマックスに置かれているから一冊の物語としても収まりがいいです。しかし栄光だけではないというか、栄光にそんなに興味がなさそうな陽水さんは大ヒットしちゃうことでまた困ったりとかしてて可愛いです。
結局一冊読んでも意外と普通なところもあるんだってのと、やっぱ変な人だなぁってのが半々くらいでなんとも掴みどころのない印象で、その掴めなさが陽水という人の魅力であると同時に曲の魅力そのものでもあるよなぁと改めて思いました。

まぁとりあえずもうすぐ全アルバム聴き終わるので、簡単にアルバム感想シリーズもやれたらなぁとは思ってます(スピッツもまだなのに)。