偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

山田正紀『恍惚病棟』感想

山田正紀が気になり出しているので、全部読むのは無理にしろ最近復刊されたミステリ系の作品くらいは押さえておこうかなと思い読みました。
本作は今からちょうど30年前の1992年の作品。まだ携帯電話も普及していない時代ですが、当時としては先駆的だったであろう、認知症治療をテーマにした幻想ミステリになっています。




認知症病棟でアルバイトをする美穂。しかし受け持ちの患者の1人が院外への外出時にスーパーの駐車場で亡くなってしまう。さらにそれから立て続けに受け持ちの患者たちが奇妙な事故に巻き込まれていき......。


そもそも私に医学の知識が皆無なので本作における認知症の描写がどれほど正確なのかは判断がつきません。しかし、少なくとも無知な読者が読んでいて明らかにおかしいと思うような描写はなく、娯楽作品ではあるものの一定の誠意を持ってその症状を描いているところにまずは好感が持てます。

内容はというと、まず冒頭で意味深な事件の風景が描かれ、そこから話が飛んで主人公の美穂が登場する形になっています。
そして美穂が登場してからも、老人たちの不審死が続くものの、事件性とまで言うほどのことはない。いや、そもそも認知症を患う無害な老人を誰が何のために殺すというのか......?
という感じで、何かが起きているらしいが何が起きているのか?というホワットダニットにも近い奇妙な読み心地です。
「これが謎」というのがはっきりしない分、キャラの魅力がお話を引っ張る推進力になっている気もします。特に抜けた感じだけど名探偵の新谷さんと強い女の妙子さんがとても魅力的でした。なんつーか、男としては新谷さんみたいになりたいし、女に生まれてたら妙子さんみたいになりたかったなぁという感じのキャラたちです。
また、ところどころで挟まれる患者たちのモノローグも印象的。認知症を患った中で最後まで残る記憶というのに胸を打たれます。

ミステリとしては、伏線が丁寧すぎて犯人の正体を察してしまい、動機に関しては正直けっこう雑というか、ええーそんなことで!?という感じで、今まで読んできた山田作品の中ではそんなにな方でした。
ただ、終盤のジャンルごと変容するような展開の意外性はさすがで、お話としての面白さは他の傑作群にも引けを取らないと思います。