偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』感想

芥川賞受賞作で、ミーハーな私は気になってはいたんですが、フォロワーに本屋で無理やり買わされて珍しく単行本ですぐに読むことにしました。



職場でそこそこうまくやっている二谷と、
皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、
仕事ができて頑張り屋の押尾。
ままならない人間関係を、食べものを通して描く傑作。

(本書裏帯より)


......という感じで、可愛い表紙とタイトルからは料理本か色エッセイかなにかかと思わせ、あらすじを読んでもハートウォーミングなお仕事×お料理×恋愛小説みたいな感じを出してきてるのがめちゃくちゃ性格悪いなと思う、毒気に満ちた怪作でした。

二谷、押尾、芦川という3人の主役がいるのですが、語り手となるのはそのうち二谷と押尾の2人。
そして、本書の1番の「主役」となるのが芦川です。
芦川はか弱くて可愛らしくて周りから守ってあげなきゃと思われるタイプの女。体調不良で早退しておいてからに帰ってから手作りスイーツを作って翌日「お詫びですぅ〜」とか言いながら持ってくることに、読み始めて数秒でもうめちゃくちゃくちゃくちゃムカつきました。
一方、二谷は食に興味関心が薄く、生きるために食べなければいけないことを厭う男。押尾はやることはやりたいという、責任感というか生真面目さを持った女。
私の感覚だと、押尾さんが1番「まとも」な人間で、彼女を真ん中に置いて両極に虚無的な二谷と丁寧な暮らし(笑)の芦川がいる感じで、この中の誰にどのくらいの割合で共感するかによって読者の立ち位置が分かるという嫌らしい設計になってるんですね。
ちなみに私は押尾70%二谷30%くらいでした。
なので、押尾と二谷の2人が芦川を嫌悪して「いじわる」しようと言い出すところで「よっしゃあ!やったれい!」と思いました。
ただ、芦川にもどうやら本人なりの事情もあるみたいだし、仕事の能力が低い分そういう生き方しかできないある種不器用で可哀想な部分もあるのかな、とも思わされます。
なにより、芦川の視点の描写が無いことで、彼女の真意が分からないことへの気持ち悪さと、芦川がもし普通にいい人なんだったら死ねやこいつとまで思ってしまう私の方が根性ねじ曲がってるのか?......とまで思わされるところがめちゃくちゃ嫌でした。

上には「毒気がある」と書きましたが、むしろ毒気とまで認識しないくらいの当たり前の敵意というか嫌悪感が、一切の綺麗事もイヤ感出しすぎる誇張もせずに淡々と生々しく描き出していく感じが新鮮でした。
ただ、ここまで生々しいと逆に普通な気もしてしまって、めちゃくちゃ面白かったんだけど個人的にはもうちょいフィクションフィクションしたお話の方が好みではあるのかなと思いました。

あと、細かい良かったとことか作中で明示されてないこととかもあるので以下ネタバレで書いていきます。
























































はい、ネタバレ感想。

とりあえず、作中で明示されていないお菓子を捨ててた犯人について。
お菓子をぐちゃぐちゃにして捨てたのは二谷、捨ててある潰れてないお菓子を拾って芦川の机に置いたのは押尾、では潰れてないお菓子を捨てたのは?という謎。
私は自分でも認める通り非常に善良で裏表のない人間なので、人の悪意とかにピンと来なくてしばらく悩んだんですけど、これ芦川が自分でやってますよね?
周りの人、特に男に守られて、いや自分のことを守らせて生きるという処世術を持つ芦川のことだから、事件を起こしておいて押尾に罪を着せることで邪魔者の押尾を排除した......というのが、考えられる最も納得のいく真相だと思います。
そもそも二谷とセックスする場面とかでも明らかに処女じゃない感じだし、藤や原田といった立場や発言力のある人間に的確に取り入ってることからしてもこいつがただの弱者なはずもなく......。
何より、犬が懐いていないことがこいつが悪意の塊である証拠!ホラーやサスペンスの世界では犬に吠えられる奴は殺人鬼ですから!

......という、ミステリなら妥当で説得力のある「真相」を考えつつも、事実は小説ほど奇ではないので、全部私の中のバイアスから都合のいい点を繋いで線にした妄想なのではないか......そうまでして芦川さんのことが気に入らなくて悪者にしたいのか......みたいな含みもあるところがめちゃくちゃ怖いです。芦川が犯人だったらその底知れぬ悪意が怖いし、そうじゃないなら私の悪意が怖いし、そこをどっちつかずに書いてる作者の悪意が1番怖い気が......。
と、一応ミステリファン的な読み方の巻でした。

あと、気に入ったところとして......。

・ケーキ食う場面で、不味そうとかじゃなくてとにかく気持ち悪い、異物を口に入れて飲み込んでいるような嫌な感じなのがすげえと思った。

・芦川の弟は芦川がクズだって知ってそうで、軽蔑の眼差しをくれるのが私としては救いでした。芦川マジ嫌いなので。

・芦川マジうぜえ死ねや。

・二谷がカップラーメンを食うのを禊みたいにしてるとこが好き。個人的には食にそれなりの興味はあるので二谷に共感はできないけど、言ってることは筋が通っててなるほどなと思った。

・私は食べものを粗末にするなお米は農家さんが一生懸命育ててくれたんだから一粒も残しちゃダメ、と思っていますが、一方で他人が作った手作りの食べ物がムリで、正直彼女の作ったものも一緒に住み始めてしばらくはちょっと嫌だったので、芦川さんのお菓子もらったら捨てるなぁと思った。嫌いな奴の手作りはマジで喉を通らない。

・芦川死ね。

・芦川はうんこ。

・二谷の文学部の設定が、やりたいことや好きなことと全く関係ない仕事をこなしてる自分への虚しさに繋がり、p73の「それは憎むものの結果でしかないような気がする」の「憎むもの」にも通じるような気がしてうまいなぁと思う。

・ていうかマジで芦川さんみたいな人が身の回りにいたらもう死を願うくらいしかなくて、勝ち目なんてないんですよね。

・と言いつつ、本当にあんなにみんなから守られるか?実際ふつうに嫌われていじめられたりしないか?とも思う。

・と言いつつ、案外そうでもないんだろうな、とも思う。