偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

辻村深月『傲慢と善良』感想

雪下まゆさんの表紙のインパクトで思わずジャケ買いしてしまっただけでそこまで期待してたわけでもないのですが、結果的には今年読んだ中でもトップクラスに良かったでした。




東京生まれで恋愛経験が豊かな傲慢さを持つ架と、地方で生まれ育ち東京に出てきた善良な真実。
それぞれの思いから婚活サイトで知り合いやがて婚約に至った2人だったが、ある日真実が突然姿を消す。
ストーカー被害について訴えていた真実を心配し、行方を探す架だったが、自分が彼女のことを何も知らないことに直面し......。


というわけで、ジャンル分けしてTSUTAYAの棚に並べるなら「ラブストーリー」になるのでしょうが恋愛というよりは婚活/結婚を描いた小説で、そこから現代人が抱える息苦しさまでを刺し貫く鋭利な作品......でありつつ、もちろん著者らしい優しさも感じさせてくれる素敵な物語でした。


まず、序盤は婚活のしんどさが軸として描かれていき、結婚に成功してしまったつもりの私としてはややNot for meな気分で読み始めました。

しかし、

皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです

というセリフに、現代に生きる私たち、いや私の『善良』な謙虚さと『傲慢』な自己愛を喝破されてしまってからはもう高みの見物から引き摺り下ろされ、一気に物語の中に引き摺り込まれていきました。

真実を探す架の探偵行は、婚約まで決めた恋人の知らなかった面......いや、知ろうともしなかった面、そしてかつての自分自身の傲慢さを突きつけられる旅でもあり、彼女と関わりのある人間たちと出会い、かれらを裁いていく行程でもありました。
私がかつて好きだったミュージシャンの歌詞に「私以外私じゃないの」という言葉がありましたが、架は(そして彼の視点でこの物語を読む私も)真実を探しながら出会う人たちをどうしても自分の物差しで裁いてしまう。
私が上述のミュージシャンのファンをやめたのは彼の傲慢さに嫌気がさしたからですが、裏を返せばそうやって彼を裁く私の方がより傲慢でもある......ということには薄々気付いてましたけど、そういう個人的な経験もあって、ここらへんから刺さってきちゃいました。
いや、この際だから正直に言うと、決定的な出来事が起こるまで結婚に踏み切れなかった架の姿が完全にあの時の自分に重なるので、それがつらかった......です。

一方、後半からはもう1人の主人公、真実が語り手となり、地方の町で過干渉な母親に育てられ自分の意思で何かをしたことのない善良なだけが取り柄の彼女の生き方にまた心を抉られました。
後半についてはあんま書くとネタバレになってしまうので書けませんが、自分の世界、自分の視界だけで他人を評価し採点してしまう主人公たちや私たちは結果的にそのせいで自分自身も息苦しくしてしまう。それでも、もがき苦しみながらも他人と関わっていくことの尊さも知っていくような展開になり、苦しいけど優しさも感じさせます。
終盤、急に違うお話みたいになるのも人生の先の読めなさを表しているようで好きです。

ちなみに、裏表紙のあらすじには「恋愛ミステリ」と書いてありますが、ほぼミステリじゃないですね。
真実の失踪の謎はあるし、部分的にミステリっぽい技法が使われてたりするのはさすがですけど、意外性とかはないのでご了承ください。
もちろん、ミステリって書いといてからにあんまミステリではないけど、それはそれとしてめちゃくちゃ面白かったので声を大にしておすすめします!特に婚活してる人は読んで!