偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

岡崎琢磨『夏を取り戻す』感想

『珈琲屋タレーラン』でお馴染みの著者による、東京創元社"ミステリ・フロンティア"叢書の記念すべき100冊目となった作品です。

単行本刊行時から話題にはなってましたが、このたび文庫化されたので、そして、繁忙期のため忙しく過ごす間に夏が終わりかけている私にピッタリなタイトルだと思い読んでみました。




とある公営団地で小学四年生の子供たちが1人ずつ失踪しては数日で戻ってくる事件(?)が発生。
月刊誌の新人編集者の猿渡と"ダメ人間"のベテラン記者佐々木は子供たちの悪戯と目して取材を始めるが......。


といった感じの、著者のパブリックイメージ通りの人が死なないミステリ。
と言いつつ、著作を読むの初めてだったのでほんとにイメージでしかないんですが、ライトでところどころにユーモアもありつつ、登場人物たちが秘めたものが明かされていくにつれその切実さに胸を打たれる......という流れはまさになんとなくイメージしてた通りの作風でした。

ただ、一つだけ謝らなくてはならないのはミステリとしてもライトなんだと思っていたこと。
なんせ巧みな伏線が成立させる意外な真相といい、それが明かされる際の演出といい、細かい部分の意外性の量といい、そうした謎解きが物語を深みのあるものにしていく点といい、満腹大満足の大好きな青春ミステリだったんですから!

まず序盤は子供たち1人ずつの失踪の謎を主人公たちが明らかにしていく倒叙ものの連作短編のような趣で進んでいきます。
しかしこの辺で使われるトリックなんかは子供たちが考えただけあってミステリとしてそこまで目新しくも面白くもないもの。
それだけに、油断させられていました。
そこから段々と長編としての構成になっていくに従って、子供たちの意図や過去の出来事が思いのほか深遠なものなのでは......と示唆され、やがてそれらが明かされるや、その真実に胸が締め付けられる......という、まぁベタっちゃベタだけどだからこそ安心して楽しめました。

ただ、個人的にあのエピローグだけはちょっと蛇足な気がしてしまいました。
(ネタバレ→)同窓会で再会するのは良いとしても、最後に七海ちゃんとの再会までが(直前までとは言え)実質描かれるのはやりすぎというか、「この後目を覚ますのだろうか、覚ましてくれたら良いな......」くらいの方が余韻が残る気はしちゃいます。
ほろ苦さもあるだけに最後くらいは曇りなきハッピーエンドに......っていうのも著者の優しさなのかもしれませんが、まぁ好みで言えばそんな感じっすね。

とはいえ、どストレートなエンタメ小説にしてミステリとしての満足度も高い傑作でした。