偽物の映画館

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綾辻行人『十角館の殺人』読書感想文

先日読書会のために10年ぶりくらいに再読したのでざっくりと感想を。





言わずと知れた新本格ミステリムーブメントの火付け役となった歴史的作品。
私自身、リアタイでは全然ないものの本作から新本格にハマったクチなので思い入れ深い作品であります。


一応ざっくりあらすじ。
お互いを「エラリイ」「ポオ」などと海外のミステリ作家の名前で呼び合う大学ミス研のメンバー7人が、孤島に立つ十角形の館を訪れ、そこで一人一人殺されていく......というもの。


改めて読んでみると、著者のある種偏った嗜好が存分に反映されているように感じます。
というのも、本作って実はめちゃくちゃトリックと雰囲気偏重の作品で、論理的な推理がほとんど出てこないんですよね。
こんなこと言ったらミステリファンに怒られそうだけど、私はどっちかというとロジカルなミステリってごちゃごちゃしてて苦手で、本作の「過剰なミステリ的ガジェット!」「たった1行で世界がひっくり返る!」みたいな分かりやすいのが好きなんですよね。
そんな分かりやすいインパクトが、ムーブメントの火付け役としては最適だったんじゃないかな、などと改めて読んで思いました。
(もちろん綾辻作品にも『殺人方程式』みたいにロジックがすごいやつもありますが、やはり雰囲気と大胆なトリックの作家というイメージのが強いっすよね)


以下ネタバレで思ったこと色々。


















さて、初読時の私は「あの1行」にびっくり仰天。なんせ、これが叙述トリック初体験ですから、もう、「どっひゃああぁぁぁぁ!!!」でしたね。はい。
小説ってこんなことも出来るのか!と、啓かれましたね、蒙を。

それから幾星霜......。
長い年月を経ての再読にも関わらず、あの1行を丸ごとそのまま覚えていたくらいのインパクトが残っていたのはやはり凄いところですね。
ただ、今読むとあのトリック自体はちょっとあざといよなぁ......と思っちゃいますね。湖南からの、守須......って、ねぇ......。あだ名は襲名制のはずなのにこんだけ揃えられると、ねぇ......。

とはいえ、再読の愉しみというのはネタを知っていながら細かい伏線を拾っていくこと。
守須がヴァンで、島と本土を行き来していたことを知った上で読むと、彼のハードスケジュールに努力する姿に感動する"名犯人"小説としての味わいが出てきますね。
特に本土での守須の、自分の信念をなるべく曲げずに、しかし自分の犯行に気付かれないようにという葛藤が垣間見られるところにグッときて、断然応援したくなりました。
また、アガサの死の場面でヴァンががっつり驚いているのも真相を知って読むと綱渡りのフェアプレイでお見事。

ついでに、細かいとこでは「あの1行」の直前でページを跨いでいて、1枚ページをめくると最初に「ヴァン・ダインです」が目に飛び込んでくるという字組もお見事。(今回は講談社文庫新装版で読んだので他の版ではどうか知らないけど)。


また、そうやって犯人のヴァンに注目して読んだからか、今回は動機がかなり刺さりましたね。
ミス研なんていうオタサーに無茶な飲み会というのはなんとなくそぐわない気がしなくもないですが、しかし例えば島で彼らが食事の準備を全て女性であるアガサやオルツィ任せにしているあたりを見てもこのサークル自体にそういう風土があったことが窺われて、一定の説得力を持たせていると思います。お互いを作家の名前で呼んでいるというある種の子供っぽさもね。

......とはいえ、実際にあの飲み会で何があったのかは定かではなく、「千織は殺された」と疑わないヴァンの信念と情念が空恐ろしくもなったり......。

冒頭で海に流した壜が、最終的に彼のもとに戻ってくるというラストシーンも良いですね。
一読者として彼の動機にそれなりの共感を抱いてしまったとはいえ、あれだけのことをしでかした守須くん。
神ならぬ人の身の彼は、結局自ら自分に審判を下さねばならなくなる。腹を括ったかのような最後の彼の決断にじんわりと余韻が残りました......。

「その後」が描かれないから、守須がどうなるのか、島田は事件の真相を見抜いていたのか......なんてとこは想像にお任せの形にはなってますが、たぶん島田さんは分かってますよね。
島田の性格的に、謎が解けたらわざわざ犯人のところに来て推理を披露しそうな感じありますもん。
そして、わざわざ子供に壜を託しているあたり、守須はこの後自殺でもするんじゃないか......という気もしますが、どうなんだろう......。

まぁ、ともあれ、読み返してみると一人の青年の情念を描いた青春小説としても読めて、初読時の「トリックにびっくり!」以外の魅力も見つけることができて面白かったです。