偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

綿矢りさ『意識のリボン』感想

8編の短めの短編を収録した作品集。

連作とかではないし厳密に縛りがあるわけでもないけど、緩やかに「女であること」「30歳が感じる老いへの恐怖」というのがコンセプトのようになった作品集。
全体に私小説的というかエッセイ的というか、「綿矢りさ」本人を思わせる、でもそれも含めて遊び心的サービスもしくは読者への揺さぶりのようでもあり、その中に時折がっつり物語として書かれた作品も入ってたりする辺りが太宰治の短編集っぽくて好きです。
最後の1話で全体がリボンで結ぶように緩やかに繋がる(内容がじゃなくてテーマ的な部分が)のも素敵な、なんちゃってコンセプトアルバムみたいな感じの一冊でした。



岩盤浴にて」

主人公も、おばちゃん二人組も、こういう人いるわ〜という感じ。特にどうってことない話だけど、リラックスしに岩盤浴に来てるのに周りを気にしすぎてなんか疲れちゃうみたいなのは私もなりそうで分かる〜と思った。



「こたつのUFO」

30歳になった女性作家のぼやきみたいな感じで、否応なく「綿矢りさ」本人をチラつかせるメタな語り口が凄い。
太宰治の「千代女」が引き合いに出されていますが、作者本人の語りのように見せることで胸ぐら掴まれて対面で話を聞かされているような生々しさがあります。
内容も切実な悩みとかじゃないし目の前に死を感じるとかでもないけど、なんとなく老いていくことへの不安や30歳だけど大人になれているのか?みたいなのが今年28になる私にも刺さってくるし、noteか Twitterみたいな読み心地すらあります。
自身を連想させておいておっぱいを揉むという大胆なサービス(?)に笑いました。



「ベッドの上の手紙」

本書で唯一の男視点となる掌編。
別れた恋人への手紙という体裁。書簡体ってのも太宰治のやり口ですよね。あるいは男女の間の観念だけの話ってとこで連城三紀彦っぽさもあるのかな。
なんか書き手も相手の女もどっちも性格悪いなって感じでどういう気持ちで読めばいいのか分からんけど、最後は「おい!」ってなっちゃいました。



「履歴の無い女」

結婚を機に新生活を始めるものの、新生活にすんなり馴染みすぎてこれまでの自分の生活とは......というモヤモヤを感じてしまう話。
私も同棲を始めた時に意外とすんなり慣れてしまったので状況は分からなくもないけど、主人公のモノローグはいまいち何を言ってるのか理解できなくてタイトルの意味もピンと来なかったです。
これはやっぱり結婚して男よりも多くのものが変わる(ことの多い)女性の方が分かるんじゃないかな。



「履歴の無い妹」

タイトルの通り前話の主人公の妹が主役のまさに姉妹編。
遡って妹が結婚した時の話。
仲の良い姉妹の微妙な関係性が面白いです。妹の知らなかった一面とか......。しかし男兄弟だと仲の良し悪しに関わらずもっとお互いに無関心な気がしますね。
モチーフとなる写真の不穏さから全体にやや怪談っぽい雰囲気も漂っていて、ラストもなかなかゾワっとしました。



「怒りの漂白剤」

これは私のこと書いてんじゃないかってくらい分かりみが強かったですね。
私も人格のベースに怒りがあるような人間なので、常に何かに対して怒ってる気がするし、気に食わない人間は死んで欲しいと思ってるタイプなので、自身の怒りについて赤裸々に描くこのお話に自分だけじゃないのかとちょっと救われる気がしました。



「声の無い誰か」

ラス2のとこに来て突然に深刻な話。
平和な町に流れる女児を狙った凄惨な通り魔事件の噂。
恐ろしい噂に恐怖し悲しみながらもどこか興味本位な気持ちを持ってしまう人間の性を描いているようでもあり。
また、女に生まれたことで背負わされる襲われるかもしれないというリスクや怖さを描いてもいるようで。
もちろん男が襲われることだってありますが、普段の暮らしでそのことを意識する場面は圧倒的に少ないんじゃないかな。
ラストまで読んでみると、#MeTooの流れなども意識せずにはいられません。"声の無い誰か"の存在が読後も心に重く残ります。



「意識のリボン」

本書の収録作同士に内容的な繋がりは別にないけど、この話が最後に来ることでコンセプトアルバムのように全体がまとまるような、素晴らしい最終話です。
母親を亡くした主人公の女性が自身も事故に遭って生死の狭間を彷徨う......という臨死体験を軽妙なタッチの一人称語りとして描いているのが面白いです。
死への最接近を描くことによって、「30代が感じる老いや死」という本書にゆるやかに通底するテーマが、なんとなく憂鬱でうだうだと愚痴ってしまう......みたいな次元からふわっと飛翔させている感じになってるのが素晴らしいと思います。