偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

綿矢りさ『しょうがの味は熱い』感想

こないだ結婚したので、結婚にまつわる本作を読んでみました。

表題作と「自然に、そしてスムーズに」の2編が収録されていますが、続きもので実質合わせて一つの長編です。

同棲していながら結婚には至らず少しずつズレていってしまっている男女、奈世と絃のそれぞれの視点から語られる物語。


等身大、なんて言うと陳腐ですが、私が書いたんじゃないかと思わされるくらいに主人公たちどちらにも共感してしまう部分があるあたりはさすが現代の太宰治です。

一方でどちらにも気に食わない部分もあり、例えば絃の几帳面さには虫唾が走りますし、奈世の甘ったれなところもぶん殴りたくなりますけど、それもまたリアリティであり、「おいおいそんな男やめとけよ!」「あの女まじムカつくよな!」なんて勝手に行間に出演してしまいたくなるほど。

そんな中でもやはり私が男だからか、基本的には紘の側に立って読んでしまいました。
いびきのくだりとか私も最近よくやってるので「なんで知ってるの」って思いましたし。
奈世の視点を読んでなかったら、この突然結婚しようと迫ってくるなんてのは恐怖でしかないですからね......。
まぁそもそも男が結婚したくないのは仕事の悩みのせいがほとんどなので、働きやすくてちゃんと報酬のもらえる世の中になれば全部解決なんですけどね。うん、世の中のせい。2人とも悪くないよ!

そんな感じで、「しょうがの味は熱い」の結末で変化の兆しが見えつつ、「自然に、とてもスムーズに」に入っても停滞してて、停滞しながらも変質していきつつ、結局最後まで劇的に何かが変わることもなく......というぐだぐだ加減が非常にリアル。
私も結婚するのしないの戦争をしてた時にこうなってたかもしれないと思うと、価値観の合わせられる程度の相手でラッキーだったなと思います。こいつらはもう無理だわ。

もちろん、綿矢りさらしいハッとさせられる表現もてんこ盛りだし、後半のですます調の中に言い放つような語尾が垣間見える奈世パートの語りなんかはやっばり太宰の女性独白小説を思い出してしまいます。
一つ一つの文章を読んでいるだけで楽しくもヒリヒリしたり切なくなったりして、ストーリーとは関係なく読んでるだけで楽しかったです。いつもだけど。