偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

綿矢りさ『勝手にふるえてろ』感想

綿矢りさにハマりました。


勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)


『憤死』『蹴りたい背中』を読むまでは10代で芥川賞取った顔がめちゃ可愛い作家くらいのイメージしかなかったですが、その2作を読んで「結構好きかも......」となって、本書でついにハマりました。

本作が特にかもしれませんが、綿矢りさの文章って太宰治っぽさがあるんですよね。
冒頭の1文の強烈な魅力、模範的ではないけど非の打ちどころのないリズミカルな文体、自意識の強い主人公の語り、自虐ネタを下品にならずにユーモラスに描くところなんかも。
と思って調べたら、やっぱり影響を受けてるらしい。

本作も冒頭の1文からして良いんです。

とどきますか。とどきません。

シンプルにぐっと惹きつけるこのフレーズからして本作の雰囲気が全部詰まっているようで素晴らしい。

音姫のくだりとか、妊娠のくだりなんかはちょっと声出ちゃうくらい笑いました。太宰の「畜犬談」なんかも声出ましたからね。


でも、太宰の悲劇性と比べると、彼女の描く主人公は恵まれている気がします。
太宰にかぶれてるけど人生でそんな大きな不幸に直面したこともない拗らせ人間の日常、みたいな印象で。「業」が足りないと言いますか。
そこが現代の豊かな時代に生きながらも自意識が過剰なゆえにアレコレと悩んでしまう我々からしたら共感しやすく、読後に大きく残るものはないようでいて、小さいけどなかなか消えない傷痕のようなものが残ってヒリヒリします。
「痛くなかったら死んでる」のくだりとかね、太宰ほどの自殺願望ではなく、現代らしいなんちゃっての死にたみが的確に言い表されていますよね。

そして、初めてプライドの柵を越えるようなラストがまた良いっすね。ちょっと狙いすぎな感もあるけど、最後の最後でやっとアレをアレするっていう......。
自分のことなんて誰も分かってくれないけど、自分だって他人の本当の姿を見つめられているのか......いや、そもそも本当の自分とはなんなのか......つまるところ、私以外私じゃないのということでありまして、突き放したようなタイトルも痛快。
我々拗らせ人間にはめっちゃ刺さる作品でした。

そして、併録の「仲良くしようか」は、夢とも現ともつかぬシーンが並べられた、表題作の分かりやすさとは正反対の作品。
しかし、著者本人を投影しているとしか思わせない主人公が、読者を含む自身の周辺への感情を吐露するところには耳が痛くなったりするあたりはやっぱり太宰感。これはこれで好きです。