偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

山田正紀『囮捜査官 北見志穂3 荒川嬰児誘拐』感想

シリーズ第3弾。
「聴覚」がテーマとなり、誘拐モノ+多重人格を扱うサイコスリラーというこれまた異色作になっています。
というかこのシリーズ、「囮捜査官」らしい異色じゃない作品って1作目くらいなのでは......。


前作で色々あって落ち込んでる志穂でしたが、嬰児誘拐の犯人に名指しされて、一億円の身代金を運ぶことになり......というお話!

ここまでのシリーズの中ではダントツで好きです。完全に好みにドンピシャなんよね。
まず全体に漂う雰囲気がまるで京極夏彦(うぶめの夏とか)。そこにちょっと西澤保彦(のドロドロ系のやつ)。
または山田正紀の作品で言えば『妖鳥』にもかなり近い雰囲気がありますよね。
『妖鳥』が1999年、本作は1996年の作品なので、本作が『妖鳥』のプロトタイプみたいなものなのかもしれません。
夏の暑さの中で起こる誘拐事件。犯人の狡猾さによって翻弄される警察。まるで白昼夢の中にいるように、今回は信頼できない語り手ならぬ「信頼できない主人公」として彼岸と此岸の間をぷらぷらしているような北見志穂。
一方で袴田や伊原も含めて事件関係者の男たちの存在感が希薄なのも特徴的ですね。
また、誘拐された嬰児の親が出てこないのもかなり異様で、誘拐された子供自体が何かの暗喩のようにさえ感じられるのも本作の現実感のなさの一因になっているように思います。

しかし、そうした幻想的な雰囲気を持ちつつも、ミステリとしてはいつも通り、いやいつも以上に盛りだくさんな詰め込み具合。
まずは犯人のやり口や要求自体が警察の想定を超えるもので、それだけで面白く、誘拐パートはスピーディーに進んでいきます。
そこから、時系列は過去へと遡り、志穂が捜査官としての復帰戦に謎めいた自殺を遂げた女性について調べるパートが始まります。こっちでは、カウンセラーとの対話や、政治とカネをめぐる問題などが入ってきてやはり幻惑されます。
そして誘拐パートに戻れば相変わらず犯人の狙いは読めず、過去パートではまたどんどん志穂の様子がおかしくなっていき......といった具合に、ほんとにちゃんと解決するのか?と思っちゃわんばかりの謎の連打で息つく暇もありません。
もはや謎の提示だけでも満腹なくらい面白いんですが、その解決にもめちゃくちゃたくさんのアイデアが盛り込まれていて、且つそれが全て真犯人の存在感へと収束していくので悪い意味での詰め込み過ぎ感もないです。

そうして、あくまで現実的にミステリとしてしっかり謎は解かれるのですが、その現実と終章に描かれる幻想との温度差によって生み出される蜃気楼のような読後感がとても印象的でした。
ミステリとしての面白さだけでも凄いけど、そのテーマとの絡め方もさらに凄い大傑作です。
今のところシリーズではダントツで好きっすね。

では以下ネタバレで少しだけ。








































志穂が多重人格じゃないだろうとは(まぁ主人公ですし)わかっちゃってたんですけど、それにしても古き良き物理トリックまで使って誘導した犯人の狡猾さと執念に空恐ろしくなります。
さらに、それが3人分ってのがなんとも異様で......。
自殺とされる不審死を遂げた女、誘拐事件の実行犯である女、そして主人公の北見志穂......。
いわば被害者と犯人と探偵が全員"真犯人"によって操られていた......という、大胆な「操り」モノなんですよね。

そんな感じで役者が全員女性なんだけど、真犯人が語る異様な動機は男性中心の社会から産まれたもので......。男のキャラが背景となってしまっているからこそ、3人の女を操った真犯人もまた男社会の掌の上に乗せられていたという不条理な構図が強調されていて凄いと思います。