偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

岡本真帆『水上バス浅草行き』感想

岡本真帆さんの第一歌集。デビュー作。
普段そんなに歌集とか読んだことなかったんだけど、フォロワーのおっちゃんに勧められて買いました。そしたらめっちゃ好きでした。
というか、なんとスピッツのファンアートの側面があって、これを私に勧めるなんて分かってるなという感じです。今時の若いミュージシャンが全員スピッツのファンだってことは知ってたけど、スピッツを短歌にする人がいたのは知らなかったです。



ハードカバーだけどハヤカワ文庫くらいのサイズ感なのが可愛くて、買って帰ってパラパラとめくってみると中の挿絵も可愛い。
目次の前にも一つ連作が載っているので読んでみると、その表題作の「ぱちん」の歌がイントロダクションとしてとてもオシャレで、そこでもう完全に本書の虜になってしまいました。

読んでいくと、目につくのは季節の歌と犬の歌。
どうやら本書全体で緩やかにではありますが、春夏秋冬がふた巡りする構成になっているようです。

歌の内容は、東京の街で一人暮らし、あるいは恋人と暮らす若い人の生活。
毎日働いて、スマホを見て、心をすり減らしている。でも、映画を見たり音楽を聴いたりして、生活の中にあるちょっとした美しさや愛おしさや可愛さや面白さを見つけて少し呼吸が楽になる......ような。
私たちの日々の中にある何気ないけれど愛おしいもの。時々は悲しさや苦しさも。
......こんな風に私みたいにセンスのない人間が伝えようとして溢れてしまうような煌めきが本書の中にたくさんあるってわけです。

ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし

これは帯に載っている歌で、著者がTwitterで発表してバズった(私も当時見た覚えがあるし良いなと思ったけど、その時は作者を深掘りまではしなかった)もの。
こういう、平易な語彙で内容も分かりやすいんだけど、たしかに言葉のワンダーがある感じっていいますか。
驚きとか飛躍とかまでいかないけど、普段見えているはずなのに見落としているものや気持ちに目を向けさせてくれる納得感、いわばあるあるみたいな感覚ですよね。著者独自のセンスではあるんだけど、著者の自我が出ているというより(特に同世代の我々にはかもだけど)普遍的な共感があるんですよね。
短歌において分かりやすさが必ずしもいいとは言えないのかもしれんけど、少なくとも詩歌に全く素養のない私みたいなド素人が読んでめちゃくちゃエモいし共感できました‼️って言えちゃうのもそれはそれで素晴らしいのではないですか。
あ、素人でも読みやすいといえば、破調の歌が少なくてわりと57577の定型に収まっているのも素人に優しいですね。

一見無駄のように思える、なくても生きていけるもの
そういう存在が、私を生かしてくれていることを知っている

これは後書きにある著者の言葉ですが、コスパだのタイパだのとかってどんどん無駄が馬鹿にされるような時代だからこそ、時代のスピードに追われる中でこういう息継ぎをさせてくれてありがたいっす。



そんで、スピッツよ!
読んでる間中わりと「スピッツっぽいな?」「作者はスピッツファンなのでわ?」と言い続けて「なんでもスピッツに結びつけるんだから」と突っ込まれてましたが、途中でとあるスピッツの曲名に使われているワードが出てきて「むむむ⁉️」となり、終わりの方のスピ確ワードに至って「やっぱそうじゃん‼️」と叫んでしまいました。
私にとってアイデンティティの半分はスピッツなので、若いミュージシャンがスピッツの影響を公言するだけで嬉しくなるし、ましてや歌人の方となれば意外さもあって余計嬉しくなっちゃいます。

そんで著者のことがより気になって調べてみたら、本書の中の「悪役」という連作はスピッツの同名曲からインスパイアされて作られたらしくて、他にもスピッツワードが色々あったりもして、「これもじゃんこれもじゃん」ってどんどんスピってしまいました。

あと、スピッツ感といえば、本書の特に序盤では「死」を思わせる歌がちらほらあり、終盤の方には「セックス」にまつわる歌があるのも、スピッツの、特に初期の『スピッツ』と『名前をつけてやる』という姉妹作の流れを彷彿とさせて最高じゃんって思います。スピッツ最高だぜ。

そんな感じで、短歌初心者の私でもとても楽しめたのでぜひ皆さま読んでみてください。
あんまり中に入ってる歌を引用するのはよくないかと思いますが、最後にひとつだけ今の気分で好きなのを紹介して終わります。

窓開けて音楽を聴く 春風にまざる口笛どこからきたの